振るうは己が身を削る刃

体に違和感。そろそろ、神殺権の効果が切れる。まあ、時間的にはちょうどいいくらいだ。

正直もう言葉を紡ぐのもキツい。無理やり上げてる口の端が引きつっていることがバレないといいけど。


「準備はいいですか、シルヴァ・フォーリス。」

「・・・ええ、いつでも来てください。」


来る。間違いなく、ひとつの生命体としての極地にいる彼女が。


恐怖はない。緊張もしていない。

ただ、精神はどうしようもなく高揚している。

ただそれも仕方の無いことだろう。


弱者である僕に、最強の存在が全力で戦ってくれる。

偉そうに自分の力を示したいとか言ったんだ、この状況に昂らないわけがない。


もはや小細工もありはしない。ただ、その一瞬を捉えた先にしか未来はない。


両腕のトンファーを構える。そしてその僕を見て、ヒルダさんもまたその拳を僕に向ける。


空気が張り詰める。一瞬たりとも油断の出来ない極限状態。

僕の中で、生と死の価値が等しくなる。

この一瞬の意地のためならば、僕は喜んで命を賭けよう。


そう、彼女も言っていたじゃないか。

命をかけてこそ、最大の力は発揮されると。


「・・・・・・・」

「・・・・・・・」


もう、互いに言葉もない。極限の集中のせいか、1秒が途方もなく長く感じられる。


互いに無言で見つめ合い、どれほどの時間が経ったのだろう。

まあ、神殺権が切れてないんだから、本当はきっと極わずかな時間だったんだろうけど。


呼吸さえはばかるような静寂の中。

どこか遠くで、獣が吠える。


「っ・・・!」


まるでその音を合図にするかのように、彼女は動く。いや、正確には動こうとする。

そして同時に僕も、最後の鬼殺権を噛み砕く。


全ての力を込めて突っ込む。

彼女はまだ動いていない。

彼女の体が、脳の指示を受けて動き出す前に彼女に触れられなければ僕の負けだ。

少しでも動作を始めてしまえば、最強の肉体はそれだけで超高速で動く。


これ以上ないほどの集中と、まだ残っている神殺権の効果をかき集め。


僕は彼女に肉薄する。


「なっ!?」


まさか僕が自分から近付いてくるとは思わなかったのだろう。ヒルダさんは目を見開いて一瞬だけ動きを止めた。


僕がこの状態の彼女に有効打を与えられるとすれば、それは彼女自身の力を利用した時しかありえない。

だからきっとヒルダさんは、僕が立ち止まり攻撃を合わせてくると読んだはずだ。


まあそんなことしたら衝撃だけで吹き飛んで死なので本当はやるわけないんだけど・・・それくらい出来そうだと思わせるために、ここまで彼女に食い下がったのだ。


たくさんの布石と、長い下準備の末得られた、ほんの僅かな、しかし今までにないほど確かな隙。

そして今更、それを無駄にするようなヘマはしない。


「・・・っはあっ!」


最後の力を振り絞って、僕は両腕を彼女の顔に突き出す。

ヒルダさんは反射的に顔を防御しようとするが・・・彼女のその手が衝撃を受け止めることはなかった。


「えっ・・・?」


何故なら、僕は両腕のトンファーを既に手放していたから・・・・・・・・・・


それに気付き、素手になった僕を見て彼女は更なる混乱に陥る。何故、唯一通用する可能性のある武器を捨てたのか、と。


答えは簡単。彼女を倒すのに本当に必要な武器は持ったままだから、だ。


「僕の・・・勝ちです!」


重たい武器を捨て軽くなった両腕で、僕は彼女の手を躱す。

そして、その先にある「勝機」に手を伸ばし・・・優しく、触れた。


すなわち彼女の頭・・・そこで輝く二本の角に。



その結果は、効果は、劇的だった。


「っっ―――――――――――!?♡♡♡♡」


里に、凄まじい嬌声が響く。

その声の主は、既に全身の力が抜けてしまい僕に寄りかかっているヒルダさんだ。


「い、一体、んっ♡、な、何が・・・・」

「・・・いや、あの、なんて言うか、ごめんなさい。」


頬どころか全身を赤く染め、息を荒くしているヒルダさんを見て急速に冷静になる。

これしか方法が思い浮かばなかったとはいえ、僕はなんてことをしたんだ・・・!?

体に感じるヒルダさんの柔らかさと熱に、僕の顔も熱を帯びる。


「こ、こんな、感覚・・・は、はじめて・・・」

「えっと・・・だ、大丈夫、ですか?可能な限り、優しくしたつもりだったんですけど・・・」


えーっと、僕がやったことを簡単に言うと、普段であれば上位元素を感じるだけの器官である鬼神種の角を敏感な状態にして、そこを撫でることで、その、刺激を与えて無力化したんだけど・・・これ、どう見ても、なんというか、性的快感を感じてるような・・・。

だめだ、この状態の彼女に触れ続けるのは僕にとっても刺激が強すぎる。

僕は細心の注意を払って、ゆっくりと彼女を座らせる。


「わ、私に・・・何を、したのですか・・・!?」


頬を紅潮させ、息を荒くしているヒルダさんを見ていると、申し訳なさと共に何か変な気持ちに・・・じゃなくて


「その、ですね?鬼神種の角は基本的にはただの皮膚とかと同じ感覚器官なんですが、それと同時に上位元素を使う際の制御器官でもあるんです。」


僕は、昔学んだ知識を説明する。上位種は強すぎるからか自分のことにもあまり注意を払わないため、自分の身体のこともよく知らないってことが割とある。ヒルダさんもそうだろう。


「感覚器官と制御器官が同じものを使っている関係上、それぞれの機能はお互いの影響を受けるんです。だから霊力などの上位元素を使用し制御器官を活性化させると、それと同時に感覚も鋭敏になるんです。」

「で、ですが・・・今までこんなこと一度も・・・」

「感覚の敏感さは、制御器官の活性度合いと比例します。しかし霊力を使っての肉体強化では、上位元素の適性も相まって制御器官はほとんど使われません。」


そう、それが僕が彼女に霊力と魔力を使わせた理由。


「ヒルダさん、過去に霊力と魔力による身体強化を同時に行ったことはありますか?」

「むかし・・・・なんどか、母と練習しただけですが・・・」


なるほど。彼女に強化魔法を教えてくれたお母様には感謝だ。正直、彼女が身体強化魔法を使えるが一番大きな賭けだったし。


「身体強化魔法は、継続的に莫大な魔力を使用するため、制御器官も非常に強く活性化します。更に、動き出すその瞬間が最も魔力を使用するので、制御器官に対応して感覚器官も非常に敏感になる、んですが・・・」


身体強化魔法は、動作中は割と慣性を利用するので初動が1番魔力消費が重い。それも、僕がそのタイミングを狙った理由ではあるんだけど・・・


「その、僕も初めてのことだったので・・・まさかここまでとは思わず・・・」


気まずさがマックス。周囲の鬼人達の視線が痛い。特に女性からの。

待って。お願い。言い訳をさせて。


「いや、攻撃のタイミングを狙ったのは意表を突くためでして、あくまで最も敏感な時になってしまったのは副次的な効果と言いますか。」

「・・・・・・・・・・・・」

「与える刺激も、僕としてはくすぐる程度のイメージだったんですがまさか快感になるとは・・・・」

「っ・・・・・・!」


快感、と聞いてヒルダさんの頬が染まる。いかん、完全に余計なこと言った・・・!

まじめな話で取り繕えるか・・・?


「こ、今回は試合という形式だったので角を撫でるという手段をとりました。けど、例えば全力で角を攻撃すれば、痛みという感覚に慣れていない鬼神種には大きなダメージを与えることができます。」

「・・・・・・・・・」

「それで戦意を喪失させるのも考えましたが、なんというか、僕のわがままでそこまでの痛みをあなたに与えるのもはばかられまして・・・」


だめだ、ヒルダさん一言も喋らない。これは怒ってる。当然だろう。

でも信じて欲しい。僕は最初から最後まで勝つためだけに動いていた。決して、彼女のあられもない姿を見るためではないんだ。


しばらく無言で俯きながらプルプル震えていたヒルダさんが小さく口を開く。


「・・・・・・・を、取って」

「え?」

「責任、取って!」

「せ、責任・・・?」


もちろん、女性に対してこんなことをした手前、僕にできる償いはなんでもするつもりだけど・・・

ていうか、なんかヒルダさん子供っぽくなったような・・・?

困惑する僕の前で、顔を真っ赤にしたヒルダさんがまくし立てる。


「そう、責任!こんなみんなが見てる前で、あんな・・・!もう私、お嫁に行けないよ!」

「いや、ほんと、申し訳ありません・・・」


どちらかと言えばあなたは婿むこをとる方では、と思ったけど言わない。さすがにそこまで空気読めないわけじゃない。


それにしても、喋り方だけで随分と印象が変わる。頭を抱えて悶えるその姿は少女そのものだし、なんだったら僕より年下にすら見える。


「私これから、みんなとどんな顔して話せばいいの・・・?」

「ご、ごめんなさい・・・」


謝ることしか出来なくて情けないけど、恥ずかしながら僕は女性関係の経験が全くない。もっというなら、恋人どころか友人も少ない。そんな僕にこのいたたまれない状況をどうにかするような方策があるわけない。

彼女は真っ赤なその顔をあげると、僕を睨みつける。

僕は、目の端に涙を浮かべたその顔を、こんな状況にも関わらず美しいと感じてしまう。


「だから、責任を取って。女の子に、私にこんなことした責任を。」

「ぼ、僕にできることであればなんでも・・・」

「本当に?」


やばい、見とれてたせいで迂闊なことを口走った気がする。

女性に対してとる責任なんてどうすればいいのか分からない。こんなところに学術書以外の本を読んでこなかったツケが回ってくるなんて・・・

でも、まあそれで彼女が許してくれるなら文字通り何でもしよう。安いものだ。


「・・・ええ、なんでも。」


腹は括った。何でも来い。


僕のその覚悟を決めた表情に、何故か彼女は更に顔を赤くする。そして、小さな声で何か言う。


「・・・・から・・・・・・が、・・って」


既に神殺権の効果が切れており、その副作用で普段と比較しても五感が非常に衰えている僕はそれを聞き取れない。だから僕は、一歩近付く。

するとヒルダさんは、ビクッと怖がるように肩を震わせる。そ、そんな怖がらなくても・・・


僕の目の前で、震える彼女。

でも、僕のなにも分かっていないような・・・言ってしまえば気の抜けた間抜けな顔を見て、何かが吹っ切れたらしい。


ヒルダさんは立ち上がり、僕を見て。

里中に響く大きな声で、叫んだ。


「だからっ!お嫁に行けないからあなたが私を貰ってよ!」

「・・・・・・・・へ?」


そこで僕は今更ながら思い出す。

この戦いがそもそも、彼女の婚活から始まったものであることを。


「で、でも・・・僕で、良いんですか?」


ヒルダさんに、女の子にここまで言わせておいて我ながら情けない質問だ。でも、僕の乏しい対人経験ではどうすればいいかわからない。

困惑する僕に、彼女はもうヤケになったかのように叫ぶ。


「いいの!あなたで、じゃない。あなたがいいの!」

「っ・・・!」

「さっきも言ったでしょ?私は、あなたが欲しい・・・って。わからないようなら、ちゃんと言ってあげる。」


そう言って彼女は堂々と。しかし、どこか不安を浮かべた瞳で僕を見据える。


「私は、あなたが好き。色々言ったけど、多分一目惚れ。だから、シ、シ、シルヴァ!私と・・・」


僕の名前を呼ぶのに何度も詰まるヒルダさん。なるほど、頑なにフルネームで呼んでいたのは照れくさかったからなのか。


何だかおかしくなって、少し笑ってしまう。

本当に、とても可愛い人だ。


「ヒルダさん。そんなに焦らなくていいですよ。」

「え・・・・?」


なるべく優しく声をかける。


「僕は旅の薬師ですけど、そんなすぐどこかに行ったりしません。転移も使えないから、気軽に遠くにいけないですからね。」

「そ、そう、なの?」

「ええ、だから。」


もう一度彼女に近づく。


「まずは、僕と友達になりましょう。僕はもっと、貴女のことを知りたい。」

「とも、だち・・・」

「いや、ですか?」


まあ、言葉だけ切り取れば告白を断っただけみたいだけど・・・彼女と友人になりたいというのは本心だ。それ以上の関係になれるかどうかは、お互いのことをよく知った後に、だろう。

それに、新しい友人は旅の醍醐味だ。


僕の問いに、ヒルダさんは首を横に振る。


「う、ううん、嫌じゃない。その、友達って初めてだから、よくわからないけど・・・」

「それは良かった。じゃあヒルダさん。僕と、友達になってくれますか?」


僕の言葉にヒルダさんは頷きかけ・・・その動きを止める。

そして、僕の顔を見ながら口を開いた。


「ヒルダ。」

「・・・・・・・え?」

「ヒルダ、って、呼んで。それに、敬語はやめてよ。友達って、そういうものでしょ?」


・・・ふむ、確かに。僕は少しばかり、他人行儀だったかもしれない。

だから、もう一度。

自分に出来る、一番の笑顔を浮かべながら、彼女に手を差し出す。


「改めて、僕はシルヴァだ。ヒルダ、これからよろしくね!」

「・・・うん!こちらこそよろしくね、シルヴァ!」


そう頷いて、僕が差し出した手を取り。


彼女は、ヒルダは、咲き誇る花のように美しく、そして可憐に笑った。



その笑顔を見て、僕は。



ついに限界を迎え、ぶっ倒れた。



「え・・・ちょっ、シルヴァ!?大丈夫!?」


完全に、過剰服薬オーバードーズだ。

我ながら、締まらないなぁ。



そんなことを思いながら。


血相を変えて僕の顔を覗き込むヒルダの顔を見ながら。


僕の意識は遠くなっていった。


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