目的の為の山登り
山登りは嫌いだ。というか、体を動かすこと自体別に好きじゃないんだけど。いつだって必要だからやってるだけだ。
「はあ、はあ、はあ・・・」
息が切れる。汗が目に入る。
暑い、疲れた、帰りたい。特に強要されてる訳でもないのに、なんでこんな疲れることをしているんだっけ?もう色々ほっぽり出して帰ってしまおうか。
「いや、ダメだダメだ・・・」
浮かんだ魅力的な考えを振り払う。
薬の試験をするためなら、この程度の苦労は安いものだ。
背中の荷物を背負い直して歩みを続ける。
目的地である鬼人種の集落はもうそろそろのはずだけど、どうにもそんな様子は見えない。
今歩いてる場所も贔屓目に見てもけもの道だし、これ、道あってるよな・・・?
ここまで来て骨折り損とか流石に勘弁して頂きたい。
とはいえ、今できることは地図を信じて進み続けることだけだ。
最悪何もなかったら・・・いや、考えるのはよそう。酒場の店主さんの話では、里がこの山にあることは確かなんだ。
全神経を研ぎ澄ませて、人の痕跡を探す。
足跡は無いか。罠の跡は無いか。獣以外の匂いは・・・って、ん?
泥の匂いが、木の上からする・・・?
・・・・・キリキリキリ・・・・
あ、弓を引き絞ってる音だなこれ。つまり近くに狩人か何かがいるってことに・・・
ん、あ、これまずいかも。
咄嗟に屈む。
ドスッ
鈍い音と共に、屈んだ僕の頭上を通り抜けた矢が後ろの木に刺さる。
うわぁ、完全に頭を狙った軌道だなぁ。鬼人種ならともかく、僕は脆弱な純人種なので頭に矢なんて刺さった日には余裕で死ぬよ。即死だよ。
ていうかなんで今僕狙われたの?ただ山を歩いていただけなんだけど。
まあ彼らと僕では文化が違う。なにか気付かないところで怒らせてしまったのかもしれない。
ここは落ち着いて、対話の意思を見せよう。
「えーっと、僕に敵対の意思はありませんよー・・・」
・・・っとと
今度は右にずれる。一拍の後、また木に矢が刺さる。軌道的に完全に心臓の位置だ。殺意高すぎない?
「ちょ、まずは話し合いましょう!僕はただの旅の薬師です!」
言いながら今度は左にずれる。そしてまた一拍の後、今度は地面に矢が刺さる。見た感じ足を狙ったのかな。順序おかしくない?
「わかりました、あなた方の里の近くに無断で侵入したことは謝罪しましょう。しかし、僕とていたずらにあなた方の領域を侵しに来たわけでは・・・」
ドスッ
また矢が刺さるが、今度は初めから地面である。ほんとにどういうことなの?矢がコミュニケーションツールなの?だとしたらせめて矢文にして貰いたいものだなぁ。
プレーンの矢を撃たれてもこっちが読み取れる意思は敵意と殺意くらいだよ。
「ええい、どうあっても敵対するというのですね!そっちがその気なら・・・」
こっちにだって考えがある。薬師を舐めないで頂きたい。
僕は懐から、秘密兵器を取り出す。それはカプセルに包まれた液体薬剤だ。
これは僕が造った少しばかり特殊な薬。少なくとも、治療薬じゃない。
・・・まあ、傑作か失敗作かの2択で聞かれたら僅かな差で失敗作に天秤が揺れるけど。
だけど今この状態には最適だ。
射手の位置がわからないから、全方位に効果を及ぼせる『これ』は完璧な選択と言えるだろう。
僕は薬をカプセルごと口に放り込んだ。効果は、すぐに現れる。
口内に感じる、僅かな違和感。それを感じたタイミングで大きく息を吸い込む。
明らかに通常時とは比べ物にならない量の空気が肺に入っていき・・・
そして、限界まで溜め込んだ空気を。
大声に変えて一気に解き放つ。
「――――――――――――ッ!!!」
言語化できない金切り声が森に響く。
ちゃんと耳を塞いでいたけど、それでも少しクラクラする大音量だ。
これだけの轟音を個人で、更になんの道具も使わずに発せるなんて、我ながら素晴らしい薬剤だ。
・・・まあ、使いこなすのに修練がいるあたり、薬としては失敗作なんだけど。
【
造ったのも僕だし使うのも僕だけだから、名前とか本当は何の意味も無いけど・・・。まあ、気分は大事だよね。
肝心の効果は、『肺機能の強化及び、口内に空気とは音の伝え方が異なる気体を発生させる』というものだ。
この2つの相乗効果によって、生命体にとって不快な音を声として発生させることができる、というわけだ。
我ながら悪くない薬剤だとは思うんだけど、実際に相手を行動不能にするほどの大音量を出すのは至難の業だし、音源に1番近くなるのは使用者だからちゃんと耳栓しないと自分の耳がやられちゃうんだよなぁ。
諸々の性能を鑑みて、鳥魔叫奏は残念ながら
さて、手荒い歓迎は受けたが、まあ悪いことばかりじゃない。道を間違えること無く目的地に着いたことが証明されたし。
薬の出来を自画自賛してて気づかなかったけど、少し遠くで倒れてた大柄な影が耳をおさえながら立ち上がった。多分木から落ちたんだろうなぁ・・・
だいぶふらついてはいるけど意識はしっかりしてるみたいだ。
がっしりとした手足に、2メートルを優に越す巨躯。厳(いかめ)しい顔からは牙が覗いており、肌は青みがかった灰色。そして1番の特徴は頭で鈍く光る二本の角。
『鬼人種(オーガ)』だ。情報通り、この部族は鬼人の中では小柄な部類なようだけど。
「ま、突然の射撃については広い心で水に流すとして。そこのお兄さん、聞こえてます?」
多分大丈夫だとは思うけど。
鳥魔叫奏は人の口からでる大音量っていう不意打ちが前提だから、後遺症が残ることはほとんど無い。
聴覚が鋭い種族だったらその限りじゃないけど、鬼人種なら平気でしょ。
ここは可能な限り理知的に行こう。
さっきは失敗したけど、対話は大事だ。
「僕は旅の薬師です。今日はあなたがたと少しお話がしたくてお伺いしました。よろしければあなたがたの集落まで案内して頂けると助かります。」
突然の射撃をしてきたあいてに対してこの低姿勢。我ながら完璧な対応だ。
これなら向こうも警戒を・・・って、
ドスッ
「うわっ危な!」
遂に目の前から撃ってきたんだけど!?え、どうして?あんなに下手に出てたのに?人間(?)不信になりそう。
容赦の無い射撃に流石に少し混乱する。とはいえその混乱の答えは、思いのほかすぐに得ることができた。
「ぼ、僕の話を・・・」
「da!ju・bertoni!gigi!」
「オゥ・・・」
そうだよね・・・普通、異文化交流ってそこからだったよね・・・
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