薬師は魔法が使えない〜弱小種族の人間は、理不尽ファンタジーにドーピングで抗います〜

ハイイロカラス

第1章 薬師 シルヴァ・フォーリス

始まりの記憶

村が、燃えている。

僕の視界は、赤い炎と黒い煙に埋めつくされていた。


ありふれた地獄だ。

良くあることすぎて、もはや完璧に対策されてる地獄。


流れた血も僅かで、悲鳴も聞こえない。

ただ空っぽの家々が崩れていく音だけが、一時の日常の崩壊を示している。


人も、家畜も、財産も。全て速やかに退避した。

ただ一人、僕を残して。


置いていかれた、という表現は正しくない。

言葉にするのなら、ついていけなかったと言うべきだ。


避難の備えは完璧だった。

使い切りの転移魔法陣は十分にあり、行き先も大きい街だ。


父さんも母さんも、友達も。今頃安全な場所に居るだろう。


「あーあ・・・まさか、転移も出来ないなんてなぁ。僕の体、もう少しくらい融通効かせてくれてもいいのに。」


こぼれる独り言は、強がりか、現実逃避か。もはや自分のこともよく分からない。それくらい、今の僕は極限状態にある。


思い出すのは、家族みんなで転移魔法陣を使った時のこと。眩い光が迸ったと思った次の瞬間、みんなの姿は消えていて。

その場には、呆然と立ちすくむ僕だけが残った。僕の体には回復魔法とかが効かないのは知っていたけど・・・転移すら出来ないなんて思わなかった。

あの後すぐに家が崩れて・・・何とか逃げ出して今に至る。



熱で意識は朦朧とするし、こんな事態にした元凶・・・炎を吐く双頭の犬のような見た目の魔獣もすぐそこをうろついている。


正直に言って、泣き叫びたいほど絶望的な状況だ。熱いし痛いし怖い。

それでも僕がまだ何とか正気を保てているのは、ある意味慣れているからだろう。


純人種ヒューマン』の男としてこの世に生を受けて十二年。少しばかり特殊な特徴を持つ体のせいで、危機と言うなら数え切れない程に経験してきた。


僕にとって、あの双頭の魔犬はそのへんの野良犬と大差ない。

もちろん、あの魔犬が野良犬程度の弱さという意味じゃない。

僕からすれば、野良犬も魔獣と同じくらいの脅威、という意味だ。


だから、このくらいの危機には慣れてる。慣れてはいるけど・・・それは対処できるってことじゃない。僕はいつも、逃げ回って逃げ回って誰かの助けを待っているだけだし。


でも今回はそうもいかない。いつも僕を助けてくれた父さんも、近所のお兄さんも、力自慢の友達もみんな避難してしまった。

あの魔犬は僕にとっては野良犬と同じでも、みんなにとっては比べ物にならない程の脅威なんだろう。わかんないけど。


「都合よく誰かが助けてくれないかなぁ。」


僕一人ではどうにもならない。今は息を殺してなんとか隠れているけど、見つかるのも時間の問題だ。

そうしたらもう終わりだ。短い人生に別れを告げることになる。


・・・それは、嫌だなぁ。


「しょーがない。色々、やるだけやってみるかな。」


ふらつく頭と体を無視して立ち上がる。

座して死を待つのは趣味じゃない。


抱えていた鞄から小瓶を取り出す。

薬を作るのは僕の唯一と言っていい特技。この小瓶に入っているのは、お手製の塗り薬だ。


小瓶から薬を取り出し、乱雑に傷口に塗りたくる。

大して痛みは引かないけれど、無いよりマシだ。血の匂いを漂わせるよりは。


「ふぅー・・・よし、行こう。」


大きく息を吐き、歩き出す。

音も匂いも、敵の存在を見つける役には立たない。燃える村で、周りなんて確認できるわけが無い。

頼れるのは、視覚だけ。それも、炎と煙で満足には効かない。


だから、ほとんど運任せだ。


あえて、火が強い方を選んで進む。このくらいしか対策は思いつかないし、危険度は・・・まあ、どこを進んでも同じくらいだろう。

魔獣よりは、まだ火の方が対抗出来る。


至る所から聞こえてくる唸り声に戦々恐々とし、そして熱に体を焼かれつつ進む。


「あー、あっつい・・・!」


死が目前に迫りすぎて、逆に落ち着いてきた。口を開くと喉が焼かれる感覚に襲われ、慌てて黙って体勢を低くする。

生き延びられたら、今度は熱に対応出来る薬を作ろうと心に決めながら歩いていく。



永遠にも感じる時間を超えて、やっと火の手が弱い場所に辿り着いた。

唸り声も小さくなり、色々な危険が遠ざかったのがわかる。


「助かった・・・のかな?」


一人呟き、直後首を振る。


そもそも、戦う力を持たない僕がたった一人になった時点で、危険度は燃える村ものどかな草原もそう変わらない。


すぐに死ぬことは無くても、このままだったらそう遠くないうちにお終いだ。

無惨に獣の餌になる。


どうにかして、安全な場所に行かないと。

みんなが避難した街は遠いから、とても歩いてはいけないけど・・・


少し先に、小さい村がある。

ここと同じように襲われてないとも限らないけど・・・あそこの村には上位種である『麗神種ハイエルフ』の魔法使いがいたはずだ。

純人種ヒューマン』と『小人種ホビット』しかいなかった僕の村よりは戦力が充実してるだろう。


そこに至るまでの道は・・・まあ、何とかなるか。これでも、森の中を歩く為の知識は自信がある。食べ物と水くらいは調達できるし・・・木の上でも寝ることはできる。


ここに留まっていても生きる道はない。


僕はもう一度気合いを入れ直し、一歩を踏み出し・・・


「・・・あれ?」


たはずが。目の前にあったのは地面だった。


自分が倒れたことに気づくのに、時間がかかった。

まずい、煙を吸いすぎたか。


それとも、極度の緊張で体と精神に限界が来たのか。

どちらにしろ、体が動かない。意識すら、どんどん薄くなっていく。


こんな所で意識を失ったりしたら、確実に死ぬ。火に飲み込まれるか、魔獣に食べられるかはわからないけど。



・・・嫌だ、死にたくない。父さんと母さんにだってもう一度会いたいし、友達とももっと遊びたい。そして。薬師になる夢も叶えていない。

こんな所で、無為に死ぬのは絶対に嫌だ。



動きたがらない体を、意志と意地だけで無理やり動かす。

無様に這いずりながら、少しづつでも進む。

こんなペースじゃ一年経っても隣の村には辿り着けない。それでも、諦める選択肢は無い。


この厄介な体をもつ僕が今まで生きてこられたのは、周りのみんなの助けと・・・僕自身が意地汚く、生き汚く足掻いてきたからだ。


だから、僕は死ぬその瞬間まで諦めない。


「っはぁ、はぁ、はぁ・・・!」


幸い、まだ呼吸は強い。肺は死んでない。だったら、まだ進める。

擦り傷も火傷も全部無視して這いずってやる。


既に視界はぼやけて何も見えない。

耳もとうに限界を迎えて全ての音が遠くに聞こえる。


だけど、止まらない。この行動が最適かどうかなんてわからないけど、止まったらもう心が折れる。


ゆっくり、ゆっくり進んでいく。いや、もはや進んでいるのかもわからない。それでも腕と脚を動かす。その先にしか、生き残る可能性は無い。


「・・・ヒュー、ヒューっ、ゲホッ」


さっきまでは割と元気だった肺が、限界を訴えている。当然か。既に熱と煙でダメージを受けていたのに、無理に動かしたらこうもなる。


何故か思考だけははっきりしているけど、それ以外はどんどん死に近づいている。

襲われるまでもなく、衰弱して死にそうだ。



ザッザッザッ・・・



どこかから、砂利をふみ歩く音がする、気がする。方向も距離もわからないけど・・・敵か味方か。魔獣だったら・・・もう、どうしようもないから、願わくば味方であって欲しい。


徐々に足音が大きくなってきている気がする。

近づいているのか。敵にしろ味方にしろ、こうなったら後は運だ。

僕は運には・・・自信はないけど。

ここまで足掻いたんだ。運命とやらがあるのならその辺を汲んでくれると嬉しい。


ふと、体がもう動いていないことに気付く。どんなに意志を振り絞っても、ピクリともしてくれない。・・・流石にもう限界か。自分の体の事だけど、他人事のようにしか感じられない。



あれ、足音が早くなった・・・?

僕のことに気づいたのかな。魔獣にしろ、未知の味方にしろ、倒れている人を見れば駆け寄ってくるかもしれない。


霞む視界を我慢しながら、目だけを動かす。

そして、僕の視界に映ったのは。


少なくとも、人型の輪郭だった。


「おーい君、大丈夫かい?」

「・・・・・ぁ・・・」


顔はわからないけど、声は女の人だった。どうやら、魔獣じゃないみたいだ。

なんとか返答しようとするけど、口から漏れたのは言葉にならない音だった。


「あー、全然大丈夫じゃないみたいだね。ちょっとまってて、すぐに治してあげるから。」


声の主が、僕の体に手をかざしている気配がする。もしかして、回復魔法か法術を使うつもりなのかな。

でも、僕の体には・・・


「・・・あれっ!?な、治らない!うそ、なんで!?」


回復魔法は効かない。非常に残念なことに。

余裕そうだった女性の声に、初めて焦りが混じる。


「・・・もしかして、回復魔法が効かない?待って待って、私普通の医学知識とか無いんだけど・・・見るからに死にかけてる子供に対する応急処置とか知らないよ・・・」


聞こえてくる言葉から、彼女が僕を助けるつもりであるのは分かったけど・・・

どうやら、まだ助かったとは言えないらしい。


「ちょ、ちょっと君、もう少し頑張れる?とりあえず、一旦私の家まで連れていくね。あそこには、医者の友達がいるからなんとかしてくれるはず・・・」


彼女の言葉に、なんとか頷く。

なんとか伝わったようで、彼女が僕を抱えあげる。


「よし、行くよ!」


あ、嫌な予感がする。でも、声も出ないし体も動かない。・・・仕方ない、覚悟だけきめよう。


直後。彼女の体が眩く光り・・・


「ガハッ!」


僕の体が、地面に叩きつけられた。思わず声が漏れる。

・・・やっぱりなぁ。もはや全身麻痺してて痛みも感じないけど、衝撃で完全に気を失う所だった。


恐らく、僕を連れてどこかに転移するつもりだったのだろうけど・・・僕は転移できないので、彼女だけ消えて、支えを失った僕は地面に落ちた、という訳だ。


僕が地面に落ちたすぐ後、僕の真横に光が現れる。そして、その光の中から人の気配が出てきた。

さっきの女性が、転移で帰ってきたらしい。


「なんで転移も出来ないの!?って、もしかして君、あの状態から地面に落ちたの・・・?」


申し訳ないけど、頷く元気もない。

幸い、女性は僕の様子から察してくれたらしい。


「ご、ごめんね?・・・こうなったら、君を抱えて走っていくしか無いか・・・」


女性はそう言うと、もう一度僕を抱えあげる。今度は、さっきよりもしっかりと支えられており、安定感は抜群だ。


「なるべく急ぐから、死なないでね。」


頑張って頷く。助かりそうなんだ、意地でも死んでなんてやらない。

僕の意志を感じたのか、女性は満足そうに笑う。


「大丈夫、お姉さんに任せてね!」


そう言って、女性は走り出す。

凄いスピードみたいだけど、揺れはほとんど感じない。

むしろ、心地よくすらある。


あ、ダメだ。ここにきて、疲れが眠気になって襲ってきた。


寝そう。


「あはは、死なないなら寝てても良いよ?」


女性の声が既に遠い。もう、起きているのも、限界、かな・・・

心地よい揺れに誘われ、僕は眠りに落ちる。

意識を手放すその瞬間まで、女性の声が優しく聞こえていた。



これが、僕と『師匠』の出会いだ。

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