異形の街 04

シルヴァがアルスと出会い、共に住むことになった一連の交渉から数時間後。


「・・・で、その時作った薬がまあとんでもない失敗作でさ。麻酔薬のはずが、何故か体が動かないのに痛みは消せないっていう謎仕様の薬が出来ちゃったんだよ。」

『はっはっは、なんじゃそれは、傑作じゃのう!』

「いやーあれを試しに使ってみた時は完全に死を覚悟したね。安全な宿の中ではあったんだけどまる二日動けなかったからね。」

『ああ、でも我もそういう経験はあるのう。物質変化に失敗してカエルになった時はどうなるかと思うたわ。』

「うわ、それは嫌だなぁ。あーでも、見ようによっては今の状態もカエルへの変化とそう変わらないんじゃない?」

『何を言うか!可愛いじゃろうがトウテツは!』

「ああ、それほんとに可愛いとは思ってたんだ・・・」


二人は、完全に打ち解けていた。

元より思考の方向性が似通っており、研究や実験の話が合うのである。

今は過去の失敗談で大いに盛り上がっている。


その後もしばらく会話は続き、一時間ほど立ってやっと一区切りがついた。


「はぁー、なんか凄い喋ったなぁ。」

『我も、こんなに言葉を発したのはいつぶりじゃろうか・・・意外な程に、会話の仕方というものは覚えているものじゃなぁ。』

「僕もこんなに会話したのは久しぶりだよ。普段は一人旅だし、僕の話がわかる人もそんなにいないからね。」

『ああ、そうじゃろうな。お主がここに来た時から、こいつ独り言激しいのぅ、って思っておったわ。』

「うぐ、それを言われるとちょっと恥ずかしいけど。まあ、自分でもそうは思ってるんだよね。一人旅が長いせいか、思ったことをそのまま口に出して確認する癖がついてるんだよね。」


恥ずかしそうに頬をかくシルヴァ。

その様子に、アルスは笑い声を零す。


『はっはっは、なるほどのぅ。言われてみれば

我も一人で研究しているときはブツブツと声を漏らしているらしいしのう。お陰でこの家からは夜な夜な不気味な声が聞こえるともっぱらの噂らしいわ。』

「貸家のオーナーからしたら迷惑極まりない話だねそれ。でもまあ、そのお陰で安く借りられたわけだし僕が文句いうのは筋違いだよね。」

『そもそも、我がこの家にいるのは皆の知るところじゃ。そこを貸家として旅人に貸す方が図太いってもんじゃろ。』

「あー・・・でも言われてみれば、僕だからこの家を貸したのかも。この家を紹介してくれたのは僕の知り合いでさ。僕が霊体を確認できないことを知ってたから大丈夫って判断したのかも。・・・ところでアルス、その体って飲食できる?」

『もちろんじゃ。不要だが可能ってところじゃな。せっかく実体を得たのだし、たまにはそういう娯楽に触れるのも良いじゃろう。』

「へぇ、流石だね。・・・じゃあちょっとお腹空いたし、ご飯を用意するよ。アルスの分もね。」

『ほほう、良いのう。楽しみにしておくぞ。』


シルヴァは立ち上がり、キッチンに向かう。

そのシルヴァの後を、アルスがトテトテとついて行く。


「意外と立派なキッチンだね。アルスは料理とかしたの?」

『するわけなかろう。食事など栄養補給が出来ればかまわん。』

「まあその気持ちは分からないでもないけど。じゃあ、このキッチンはここを貸家にする時に増設されたのかな?」

『いや、この厨房自体は昔からあったぞ?』

「え、じゃあこのキッチンは昔からほとんど使われてないってこと?」

『そうなる・・・いや、待てよ。確か、我以外の誰かが使っていたような・・・我の代わりに食事を作っていたような・・・』

「はっきりしないね。さっきの名前の時も思ったけど、もしかして記憶が一部混濁してるの?」


シルヴァの問いに、アルスは少し黙り込み、そして頷く。


『・・・そのようじゃな。肉体を捨てる上での一番の課題は記憶、精神の摩耗じゃが・・・これの厄介なところは、自覚がしにくいことじゃのう。これ以外にも、忘れていることがあるかもしれん。』

「そうなんだ。でも、それが初めからわかっていたなら何か対策とかあるんじゃないの?」

『重要な知識や記憶はな。それらは外部に取り出して複製、保存出来るようにしておる。じゃが、些細な記憶はわざわざ後生大事に抱えたりはせんさ。』

「さらっと凄いこと言うなぁ。・・・あ、ろくに材料が無いや。」


料理を始めようとしたシルヴァだが、今ある食材が旅用の保存の効くものしかないことに気づいた。


「そういえばずっと話してて買い物とか行ってなかったね。うーん、買い物に行っても良いんだけど、離れてる間に素材が届いても困るしなぁ。」

『ああ、そういえばさっきそんなことも言っておったな。』

「やっぱりご飯はその後でもいい?保存食で適当に済ませても良いんだけど、せっかくだしガッツリとした物食べたいからね。」

『お主がそうしたいなら好きにすればいいさ。さっきも言ったが我は食事を必要とはしていないからな。それよりも、我はマンティコアの素材の方が興味があるのう。もちろん、既に毛の一本から骨の髄に至るまで全てを研究したが・・・お主がそれをどう使うのかが気になる。』

「まだハッキリとは決めてないけど、とりあえず爆弾をつくる予定ではあるかな。マンティコアの毒は、特殊条件下で爆発的に体積を増やす特性があるから。」

『おお、それは良いのう。だが、調整は難しいぞ?』

「そこは多分大丈夫だよ。『巧人種ドワーフ』から買った器材があるし、それなりに経験も積んでる。」

『やるとなったら教えてくれよ?我も上位元素を使用しない調合を見たいしの。』


シルヴァは料理の準備だけして、リビングに戻る。


「さて、いつ来るのかなぁ。一応、大家さん経由で場所は伝えたんだけど。」

『この家は有名らしいから大丈夫じゃろう。』

「・・・そうだね。噂をすれば影、ってやつかな。」

『む?』


シルヴァが呟いた瞬間。

家の扉が控えめに叩かれる。


「あ、あのー・・・こちらにシルヴァ・フォーリスさんはいらっしゃいますでしょうか・・・」

「はいはーい、少々お待ちをー。」


シルヴァは立ち上がり玄関に向かう。


『ほう、よく気づいたのう。我は全く分からなかったぞ。』

「まあ、これくらいはね。ほらアルス、ややこしくなるから隠れてて。」

『仕方ないのう。』


アルスが家の奥に隠れたのを確認して、シルヴァは扉を開ける。


扉の先には、大きな荷馬車を引く人馬種ケンタウロスの男性が数人。

みな屈強だが、どこか怯えたような雰囲気を漂わせている。

その理由は、今も荷馬車の上で禍々しい気配を醸しているマンティコアの素材か。

それとも、街中でも有名な幽霊屋敷か。


「お待たせしました、フォーリスさん。こちらが、マンティコアの素材になります。」

「はい、ありがとうございます。とりあえずそこの倉庫の中にお願いします。」

「え、ええ。荷馬車ごとの納品になりますが、倉庫の中にそのまま入れてよろしいでしょうか。」

「それでお願いします。」


シルヴァが頷くと、人馬種の男たちは倉庫の中に素材を入れる。


その間、シルヴァは手渡された書類に目を通し、必要に応じて書き込んでいく。


「ふむふむ、なるほど。思ったよりも、かなり低価格にしてくれてるなぁ。えーっと、これ今現金で渡しても良いんですけど・・・どっちの方が都合がいいですかね?」

「その、可能ならここで受け取るように言われていますので・・・」

「はい、わかりました。少しお待ちを。」


シルヴァは一旦家の中に戻り、麻袋を手にして戻ってくる。

そして、それをそのまま代表の男に渡す。


「これでお願いします。十分足りるはずですよ。」

「い、いえ、これはむしろ多すぎるような・・・」

「今日持ってきてもらった素材以外にも、また運んでもらう訳ですからね。多すぎる分は取っておいてください。」

「そ、そうですか。ありがとうございます。で、では最後にこの書類にサインをお願いします。」


男は少し躊躇ったが、一刻も早くこの場を離れたいのか素直に受け取る。

そして、シルヴァが書類にサインをしたのを確認すると、逃げるようにその場を離れていった。


「・・・有名な幽霊屋敷、ねぇ。アルスに隠れてて貰ったのは、やっぱり正解だったみたいだ。」


そそくさと離れていく男達を見て、シルヴァは一人苦笑をこぼす。


いつの間にか空は赤く染まり。

日が傾き始めていた。


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