天下人である豊臣秀吉が千利休に切腹を命じた話は、歴史好きならずとも知っている有名な史実です。
尾張の農民から天下人にまで上り詰めた秀吉が一介の茶人を何故恐れたのか。利休の死は諸説残されていますが、死の真相は謎に包まれています。
この作品では、秀吉から利休に切腹を伝えるべく「わたし」が利休のもとに訪れ、そして利休は「わたし」にとある話を語り出します。
きょうを読む。
その二つの意味が明らかになったとき。
利休の切腹に関わった二人の人物の名が明らかになったとき。歴史の中に隠された一つの謎が紐解かれた気がしました。
短い話の中にも登場人物たちのドラマがある。何度も繰り返して読みたい作品です。
茶人・千利休は、天下人・豊臣秀吉に切腹を命じられた。
それから二十五年の月日が経ったある日、あるところ。
商いをしている亭主と、彼に茶に招かれた客の会話から、本作の物語は始まります。
その商人は、歴史的な茶人、千利休に死を告げに来た伝令であった。
動揺する周囲に比して、泰然としているのは死を命じられた利休、本人。
彼が千々に心を乱す中、恬然とお茶をたてて会話をして、そしてその役目を全うさせようとする利休。
その会話で物語は進みます。
どこまでも恬淡として死を客観視できる利休、その在り様は後に生きて行く者達に心を配ろうとするほど。
死を命じた秀吉の心までを慮る利休の人間離れした心の持ち方に戸惑いながらも、次第に感銘を受けて行く様子が窺えます。
そして、そのお役目が終わるときに、最初の客との意外な接点が見えてきます。
その正体は、それはきっと貴方も知っている、あの人なのでした。
本作、もともと「きょうを読む」という自主企画のために書かれた作品とのことで、様々な「きょう」が文中に散りばめられ、遊び心を見せつつもそれが非常に自然にそこにある様子がわかります。
主題である利休の心、それとは異なる作者様の遊び心。
本作には様々な楽しみ方があると感じます。
読み始めれば、きっと時間も忘れて気が付くと読み終わっているような本作。
秋の夜長の御供として手に取ってみてはいかがでしょうか。
鞘を取りに行った「拙者」は、その店の主人に誘われて、彼の立てた茶を飲むことに。その際に主人は、かの千利休に切腹を申し立てに行った時のことを話してくれた。
とある日本史の分岐点を、関わってしまった人々の会話で紡ぐ、短編歴史小説。カクヨムWeb小説短編賞2021短編特別賞を採った、構成や描写に全く隙のない一本でもあります。
強い信念を持った人同士が関わると、摩擦が起き、どちらかが破滅の運命に導かれるのも、歴史上では避けられないのかもしれません。しかし、何か揺ぎ無い心が誰かを変え、大きく歴史を動かすのも、起こりえる事なのだと思いました。