想い続ける限り④

「いやあ、それにしても割と賭けだったけどうまくいってよかったね」



 アーガムの応急処置も終わり、ようやく一息つけたというタイミングで放たれたウォルシィラの発言に一同は固まった。


 注目を浴びたウォルシィラは首を傾げて。



「だってそうでしょ? 確かにボクは『神装宝具』を使いこなせるし、アルフェリカの神名を斬ってエクセキュアだけを殺した。でもあれが初めてだったし、二回目が成功するなんて保証はどこにもなかったんだから」


 テンプスごとセレスも死んでしまうかもしれなかった。


 あっけらかんとそんなことを宣うウォルシィラに何か言ってやりたかったが、憎らしいことに返す言葉が見つからない。


 首輪が消失した時点でセレスを救うことは著しく困難になった。無理に無力化に走れば、この場にいた誰かが死んでいたかもしれない。実際それを試みたアルフェリカが危機に瀕した。


 もしあの時アルフェリカがやられていたら――否、仮に無事だったとしても、セレスごとテンプスを殺す以外の選択を取ることはできなかっただろう。


 結果的にウォルシィラの行動は最善の結果をもたらした。



「そういうことは先に言ってくれよ」


「保証はなかったけど、大丈夫って確信はボクにはあったよ? でもそれを言うなら輝もだよね? なんなのあのテンプスに全員で突撃したあれは? アルフェリカがついて来いって言ってくれなかったら、他のみんなは上手く立ち回れなかったと思うよ。場合によっては夕姫の身が危険になるんだからね。その辺りわかってる?」


「うっ……それは」


「だいたい輝って自分の中で完結して周りに言わないとこがあるよね。悪い癖だよ?」



 指先で何度も胸を突っついて責められてしまう。ウォルシィラの言う通りなので反論できなかった。


 うんうん、とイリスとレイも頷いていた。



「え、みんなわからなかったの?」



 心底不思議そうな顔をして、アルフェリカがそんなことを言った。



「……アルフェリカはわかったの?」


「わかるに決まってるじゃない…………え、わかるわよね?」



 みんなの反応が思っていたのと違うのか、アルフェリカは不安そうにみんなを見回した。



「ま、夕姫もなんとなくわかってたみたいだよ。ボクが動けたのも、夕姫がアルフェリカを追うように言ってくれたからだし」


「そ、そうでしょ?」



 自分だけじゃないことがわかってアルフェリカは安堵した。


 思えばアルフェリカと一緒に戦うときは細かく指示をしなくても、彼女はこちらの意図を汲んだ行動を取ってくれていた気がする。


 もしかすると無意識にそれが当たり前になっていたのかもしれない。



「まあ夕姫とアルフェリカだからだろうけどね。ボクは二人ほど輝のことは?」


「どういう意味?」



 アルフェリカが尋ねると、ウォルシィラは愉快そうに笑った。



「さあねー? どういう意味だろうねー? ボクは夕姫の味方だからさ。敵に塩を送るようなことはしないよ。自分で考えてみてねっ」



 にやにやと小馬鹿にしたような笑みをアルフェリカに向けて、ウォルシィラは夕姫の中に引っ込んでしまった。



「ねぇ夕姫! いまウォルシィラが言ったのってどういう意味なの!?」



 挑発されたことが癪だったらしい。アルフェリカは入れ替わりで表に出てきた夕姫に詰め寄った。



「えーっと、うーん……どーゆー意味だろーね?」


「嘘っ。夕姫わかってるじゃないっ。あたしに嘘は通じないわよっ」


「だーめっ。アルちゃんには教えないっ」


「ど、どうしてよっ!?」


「どうしても!」



 喧々轟々とじゃれ合う二人の姿が微笑ましい。アルフェリカを取り戻せたのだと実感が湧いてくる。



「輝様」


「なんだイリ――痛っ!? なんでいま蹴った!?」


「なんとなくです」



 理不尽すぎる。しかも今回に限ってなぜかレイもイリスを諌めようとしない。


 また気づかないうちに気に触ることをしてしまったのだろうか。皆目見当もつかないが、尋ねたら余計に顰蹙ひんしゅくを買うことは予想できた。


 ともあれアルフェリカ救出の目的は達した。この場に留まる理由はない。



「移動しよう。いつ魔獣が現れるかわからないからな。それにアーガムの腕も治療が必要だ。近くに街があるといいんだが」


「それはいいけど、そもそもここってどこなの?」



 セレスの空間転移によって地上に出てきたため、自分たちがどこにいるのかわからない。


 現在位置がわからなければどこに向かえばいいのかも決められない。



「『ソーサラーガーデン』から五十キロほど南西に位置した場所です」



 輝たちの悩みに答えをくれたのはセレスだった。転移を行った本人はちゃんと把握できているらしい。


 それにしてもかなり長距離を転移したものだ。魔術で再現しようとしたら一体どれほど複雑な術式と大量の魔力を必要とするか。


 神の力の強大さを改めて認識させられる。



「治療ができそうで一番近い街だと、まだ『ソーサラーガーデン』領内だが、確か西の方に『トリトニス』って街があったはずだ。けどここから二○○キロは離れてるな」



 脳内の地図を確認して輝は呻く。食料は途中に点在する村や集落を経由して調達するとしても、この距離を徒歩で、しかも魔獣を警戒しながら移動するとなると果たして何日かかるか。


 『ソーサラーガーデン』に戻る方がまだ現実的だ。しかしできれば取りたくない選択肢でもある。



「それなら私に任せてください。方角さえ教えてもらえれば、何回か転移して街まで飛べると思います」


「頼んでもいいのか?」


「はいっ。テンプスはいなくなりましたが、力は私の中に残ったままです。いままで実験で散々力を使ってきたので使い慣れてもいます。見える範囲ならどこでも転移できますし、座標さえ把握できれば見えないくらい遠い場所にだって飛べます!」



 要は知っている場所ならどこでも一瞬で行けると。強力な神の力の中でもさらに上位に位置する能力だろう。



「それに兄さんの治療のためにすることですし、なによりも皆さんは私たちの恩人です。私で力になれることなら何でも言ってください! ね、兄さん!」


「然り」



 アーガムは輝の前まで歩み寄ると片膝をついて頭を垂れた。



「黒神殿、妹を救ってくれたこと誠に感謝する」


「俺はアルフェリカを助けに来ただけだ。礼を言うならアルフェリカに言え。アルフェリカがセレスを助けると決めたから、俺はその手伝いをしただけだ」


「そうか、そうであったな」



 アーガムは身体の向きを変え、アルフェリカへと改めて頭を垂れた。



「アルフェリカ殿、私の都合で貴女を苦しめたにもかかわらず、妹を救ってくれてありがとう。貴女への恩と償いに、私はこの一生を貴女に捧げる所存だ」


「アルフェリカ様、求婚プロポーズされてますよ?」



 アーガムの言い回しとイリスの発言に、アルフェリカは頬を引き攣らせた。



「一応言っておくけど、あたしはキミに恨みこそあれ、その気なんて欠片もないわ。そんなのもらっても迷惑よ」


「し、しかしそれでは貴女に何も返すことができない。私が貴女へしたことは、貴女が私へしてくれたことは、私如きの一生で返済するには確かに不足だろうが、それでも何もしないわけにはいかないのだっ」


「何もしなくていいわよっ。キミの一生なんて押しつけられても迷惑なだけよ。セレスと一緒に静かに暮らせばいいじゃない。感謝も謝罪もいらないっ。それにキミなんかにそんな言葉をもらってもちっとも嬉しくないのよ」


「そういう問題では――」


「あたしにとってはそういう問題なのっ」



 どうしてもアルフェリカに贖罪したいアーガム。


 どうしてもアーガムの言葉を受け入れたくないアルフェリカ。


 どんなに言葉を尽くされたところで、今回のことはアルフェリカにとってそう簡単に許せることではないだろう。



「ねえ輝くん、すっごく見当違いなこと考えてるでしょ?」



 夕姫に小声で言われて首を捻った。一体、何を間違えているというのだろうか。



「そーゆーズレてるところは変わってないんだね」



 呆れと嬉しさが混ざったような何とも言えないため息をつかれてしまった。


 顔を赤くして憤慨するアルフェリカがチラチラとこちらを見てくる。


 助けを求めているように見えなくもないが、どうするかはアルフェリカが決めることだ。自分が口を挟むつもりはない。


 輝が沈黙を貫く気だということがわかると、アルフェリカは明らかに不満そうな顔をした。



「とにかく! キミからは何もいらない! あたしはセレスに借りを返しただけ! お礼も償いも何一つ受け取らない! 何も貰いたくない! あたしにとってキミは殺したいくらいに憎い人間なのよ!」



 輝への不満も上乗せしてアーガムに辛辣な言葉がぶつけられた。しかしそれで折れるほどアーガムのアルフェリカに対する負い目は小さいわけもなく、なお食い下がる。



「ならばこの命で償いを――」


「あーもううるさい! そんなものいらない! だったら輝の夢を手伝いなさい!」



 その一言で、アーガムは口を噤んだ。



「転生体が幸せに暮らしていけて、人間と神が共存できる世界を創る。それが輝の夢よ。それが難しいことなんてあたしでもわかる。だけど輝は本気で叶えようとしてる。あたしに居場所を創ってくれた輝の夢をあたしは叶えたい。その力になりたい。あたしはあたしの全てを懸けて輝の力になるって決めた。だけどきっとそれでも足りない」



 黒神輝の叶えようとしていることは誰もが無理だと断じて行わなかったこと。虐げる者たちは元より、虐げられている者たちですら諦めてしまっている夢物語。


 辿り着くための道のりは果てし無く遠く険しい。そもそもその道筋すらも定かではない。



「だから全身全霊を懸けて手伝いなさい。これ以上四の五の言うならその首を掻っ切るわよ」



 嬉しいと。そう感じたのはおかしなことではないはずだ。


 どんなに言い繕ったところでこの夢は自分の我儘でしかない。それなのにアルフェリカは自分の憎しみを飲み込んでまで、力になろうとしてくれている。


 打算的に見ても〝兵装製造〟ファクトリーと呼ばれる〝第零階級魔術師〟アインメイガスの技術力は間違いなくプラスに働く。



「そんな、ことで良いのか……?」


「しつこい!」



 もうこれ以上話すことなどない。アルフェリカは背を向けて会話を拒絶した。



「承知した。黒神殿の夢に一生を捧げることを約束する」



 アルフェリカは返事の代わりに鼻を鳴らしてそっぽを向いた。


 とりあえず話はまとまったか。



「じゃあセレス。早速ですまないが力を貸して欲しい」


「はいっ、何でも言ってください、黒神さん!」


「『ファブロス・エウケー』まで転移することは可能か?」


「すみません、行ったことがない場所は座標を把握できていないので転移できないです」



 しょんぼりしてしまう。



「確認をしてるだけだから謝らなくていい。他に制限はあるか? 例えば距離や回数、一度に転移できる人数とか」


「座標を把握できていれば距離に制限はありません。把握できていないと目視できる範囲までになります。回数は魔力がある限り何度でも。人数にも制限はありません。ただ転移する距離や人数に比例して必要な魔力は増えます。今はだいぶ魔力を消耗してしまっていますけど、この人数で目視範囲の転移なら十回くらいはいけます。ちなみに全快だったら一○○は余裕ですよっ」


「ありがとう。なら西の街まで連れていってくれるか?」


「はい! 任せてください! 岩の中とかに転移したら大変なことになるので、さっきよりも丁寧にやりますねっ」



 セレスの身体を神名が覆い、神の力が顕現する。転移の前兆として空間が歪み出した。



「行きます!」



 セレスが転移を発動させようとした瞬間、突然周囲が昼間のように明るくなった。


 北東に光の柱が昇っていた。夜の暗闇を飲み込むほどの強烈な閃光。その柱から津波のように地面が捲れ上がりながら迫ってくるのが見えた。逃げられる速度ではない。



「レイ!」



 輝の指示と同時にレイは大量の【対物障壁】アンチ・マテリアル・シールドを展開。しかしそれでもあの岩の津波から身を守るには足りない。


 輝はポーチから一本のシリンジを取り出した。中身は虹色の液体で満たされている。それを機械鎌に装填。その間、二秒。即座に術式を構築。



法則制御ルール・ディファイン――汝、力は常に心に描けソード・オブ・ザ・ハート



 蒼の魔法陣が回転する。機械鎌を通して吸い上げられた魔力が圧縮され、金切り声を上げる。



法則制御ルール・ディファイン――汝、証は常にその身に刻めペイン・オブ・ザ・ブラッド



 それをさらに【強化】。暴発寸前まで魔力を圧縮された魔法陣は臨界を超えてさらに魔力を注がれる。



法則制御ルール・ディファイン――汝、その身は常に世界と在れクロニクル・オブ・ザ・アカシャ



 世界の知識から引き出された【複製】の術式は暴発寸前の魔法陣を狂ったように複製していく。数えることが不可能な数の魔法陣はもはや無限といっても差し支えはない。


 岩の津波が目前まで迫った時、黒神輝の持つ最強の魔術が組み上がった。



我が幻想は現実を犯すルール・ディファイン――神命穿つ断片歌フラグメントソング・アンチフェイス



 本日三回目の【世界の叡智】クロニクル・オブ・ザ・アカシャの行使に耐えられなかった輝は気を失って崩れ落ちた。それを見たアルフェリカが叫ぶ。


 それでも発動した術式は正常に機能する。


 無限に等しい魔法陣から魔力砲撃が一斉に放たれた。暴力的な大質量の津波を、同じく暴力的な蒼の奔流が迎え撃つ。


 ぶつかり合ったエネルギーは衝撃波と轟音となって爆散し、激震が大地を抉り取っていく。


 蒼の奔流が消し飛ばした津波はほんの一部。暴力的でなくなっても圧倒的な質量で輝たちを障壁ごと一飲みにしてしまう。それはレイの障壁でさえひび割れる程に凶悪なもの。亀裂は徐々に広がっていき、このままでは全員が岩に挽き潰されてしまう。



「空に転移します! みなさん固まってください!」



 導かれるように全員が一箇所に固まる。


 景色が変わる。


 月。空。星。浮遊感。


 地面が遠い。地上何メートルだ。このまま落ちたらどちらにせよ助からない。



「もう一度転移します!」



 また景色が切り替わった。急に足元に地面が現れたのでセレス以外の者はその場で転倒してしまう。


 しかし全員が無事。



「セレスさん、助かりました」


「えへへ、お役に立ててよかったです」



 レイの言葉にセレスは照れくさそうにした。


 セレスがいなければ間違いなく土砂に押し潰されていただろう。



「……一体なにが起こったんですか?」



 辺りを見回しながら呆然とイリスが呟いた。


 もうもうと立ちこめる土煙が月光を遮ってかなり暗い。それでも荒れ果てていた大地が、まるで耕された畑のようにならされているのがわかる。先ほどの岩の津波の規模からして、それは広範囲に及んでいるだろう。



「『ソーサラーガーデン』の方角だったな。嫌な考えしか浮かばないが、さて……」



 アーガムの呟きに皆、背筋に悪寒を感じた。『魔導連合』から脱出したとき、捕らわれていた転生体たちが地上に逃れていることはわかっている。


 関連がないと考える方が難しい。



「……気になるけど今は撤退を優先しましょう。輝が心配だわ。セレス、お願いできる?」


「あ、はいっ、わかりました」



 『ソーサラーガーデン』は滅んだ。


 漠然とした確信とそれがもたらすであろう未来への不安を置き去りにして、一同は目的地へ向かって転移した。

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