それでも世は廻る②

 一晩しっかりと休めたことで輝たちは十分に疲労を取ることができた。女性陣の顔色も昨日に比べ格段と良くなっている。


 宿での朝食を終えた輝たちは時計塔へ向けて歩いていた。


 すでに太陽は空高く昇っており、辺りは人々で賑やかだ。明日に祭りを控えているということもあり、やや浮き足立っているような雰囲気が充満していた。都市の至るところに見える飾り付けも、そう感じる理由の一つだろう。



「夕姫様夕姫様」


「イリスちゃんどうしたの?」


「昨夜は輝様とどこまでいったんですか?」


「なぁっ!?」



 後ろを歩くイリスがそんなことを尋ねると夕姫の顔が瞬く間に赤く染まった。


 周りの喧騒で聞こえないとでも思っているのだろうが、もう少し声を押さえろ。聞こえているぞ。


 イリスがなにを聞いているのかはわかる。割り込むのもなんとなく気まずかったので輝は聞こえないフリをして歩き続けることにした。



「ゆ、ゆっとくけど……イリスちゃんが期待してるようなことは何もしてないからね」


「えーっ、隠さなくてもいいじゃないですかぁ。ハグとかキスとかそういうこともなかったんですか?」


「それもな――」



 夕姫の言葉が途切れる。あのときのことを思い出しているということは想像がついた。


 その反応をどう受け取ったのか、イリスは爛々と目を輝かせる。



「やっぱり何かあったんですねっ、そうなんですね!? さあさあ、なにがあったのか教えてくださいっ。どうなったんですか、なにがあったんですかっ」


「な、なんにもないよっ。ほんとになんにもなかったから!」



 面白おかしく詰め寄るイリスと赤面して慌てふためく夕姫。端から見ていれば仲睦まじい女の子たち。


 微笑ましい光景ではある。


 しかしターゲットにされている夕姫は困っているようだ。


 輝が肩越しにレイを見ると、それだけで彼女は察してくれた。



「イリス、そんなにからかってはいけませんよ。昨日は皆さん疲れていたのですから、きっとすぐに眠ってしまったのでしょう。イリスもそうだったじゃないですか。お風呂に入りもせず、服だって脱ぎ散らかして」


「ちょっとレイちゃん!? それだとなんだか私がだらしない子供みたいじゃん!?」



 そんなに間違っていないだろうと思ったが、口にすれば大変なことになる。


 それからは話題が逸れ、他愛のない話が繰り返されていった。都市の景観の話だったり、露店に並ぶ品々の話だったり、出店の食べ物の話だったり、あれこれと目と話が移り変わっていく。


 背中越しに聞こえる賑やかな話し声。女三人寄ればかしましいとはよく言ったものだ。


 もしここにアルフェリカがいれば、彼女はどのような一面を見せるのだろうか。


 やがて四人は時計塔に辿り着いた。



「こうして近くで見るとすっごい高いね」


「そうですね」


「あの丸いのってどうやって浮いてるんですかね」



 夕姫、レイ、イリスの三人は間近で見る時計塔の姿に感嘆の息をつく。


 聳え立つ時計塔は見上げているだけで首が痛くなってくるほどだ。四方に浮かぶ球体は昨日見たときと少しばかり位置が違った。よくよく見てみると時計の役割を果たしているということがわかる。経過時間がわかるだけで具体的な時刻まではわからないが。


 時計塔は通常は関係者以外立ち入り禁止だが、アーガムの情報によれば祭りの時期は一部区画が一般開放されるらしい。


 その開放されている区画の一つに『魔導連合』への入口があるとのことだ。もちろん巧妙に隠蔽されており、一見してわかるようにはなっていない。


 それも祭りの催しの一環で、隠蔽された入口を見つけることができれば『魔道連合』の研究施設を見て回ることができるらしい。


 輝は頭に叩き込んだ見取り図に従ってその場所を目指した。


 絵画やオブジェ、多様な術式兵装が展示されている様子はまるで博物館だ。ここは日々の研究の成果を発表する場でもあるらしい。人はまばらだが、魔術師や研究者らしき者たちが展示物を眺めながら感心したりメモを取ったりする姿が見受けられた。


 そんな光景を尻目に回廊を抜けて奥へと進み、目的の部屋に辿り着く。


 こぢんまりとした一室に不釣り合いな大きな絵画。


 火に覆われた大地。逃げ惑う人々。そして天で争う神々の姿。


 『神滅戦争』ディオスマキナを描いたものだということは一目でわかる。



「芸術というのは私はよくわからないんですけど、なんというかこう……」


「迫るものがありますね」


「うん」



 この絵を見てなにを感じたのかは当人にしかわからない。



「もう二度と起きてはいけないことだ」



 輝の呟きが反響する。


 魔獣が生まれたことも、転生体が生まれたことも、結局はこれが元凶なのだから。


 これさえなければ世界はこんなにも歪まなかった。


 輝は機械鎌を展開し、術式の構築を始める。


 巧妙に隠蔽されているとしても、それは魔術によるもの。


 魔術ならば【解呪】ディスペルができる。



法則制御ルール・ディファイン――術式解析・構成破戒クロニクル・オブ・ザ・アカシャ



 入り口を隠蔽している術式の情報を世界の知識から組み上げ、構成を紐解く。工程は一瞬にも満たず、術式が解体されたことによって隠されていたものが姿を現わした。


 輝は【世界の叡智】クロニクル・オブ・ザ・アカシャの副作用によって一瞬だけ意識を手放してしまう。膝から崩れ落ち、なんとか踏み留まる。



「輝くん!」「黒神さん!」「輝様!」


「……大丈夫だ」



 呼吸を整え、心配する三人の声に応じる。頭痛による脂汗を拭いながら、目の前に現れたそれを見据えた。



「隠し階段か。アーガムの情報通りだな」



 地下へと繋がる階段。その先は暗闇で見通すことができない。



「行くぞ」



 輝が先導し、足元に気をつけながら階段を降りていく。階段は螺旋状になっており、気をつけていないと方角を見失ってしまう。


 やがて階段が途切れると開けた場所に出た。目の前には台座があり、そこに文字が刻まれていた。



「何か書かれてますね。なになに……」



 台座へと駆け寄ったイリスがそこに書かれている文章を読み上げた。



「ようこそ知識ある者よ。其方は扉を閉ざす鍵を見事に開き、入口に立った。知識の扉を開いた其方には素質がある。さらなる知を望むならば、持ち得るすべての知恵と身命を賭してこの先へ挑め。見事踏破できたのなら我々の叡智を存分に見て学ぶが良い。頂きへ至るため其方の更なる研鑽を期待する。――『魔導連合』総帥ウィゼル・アイン……だそうです。これって」


「研究区画はまだ先にあるってことだな」



 しかもまだ試験のようなものがあるのだろう。隠蔽された入口を看破しただけでは足りないらしい。


 立ち止まる理由はない。



「しかし〝始まりの根源〟ウィゼル・アインか……まさかな」



 少し思うことがあり、知らず呟いていた。だが有り得ないと断じて、すぐにその考えを捨て去る。



「あ、待ってよ輝くん」



 一人進んでしまう輝を追って夕姫が駆け出す。レイとイリスもそれを追った。


 台座の部屋を出るとそこにはさらに広大な空間が広がっていた。


 無数の扉。無数の階段。無数の壁。上下左右関係なく、大きさも向きもデタラメに。


 そこにいるだけで上下左右の概念が崩壊し、方向感覚が狂いそうになる。



「これが迷宮か」



 ここもアーガムの情報通り。しかし情報から想像したものと実際に目にしたものとでは全く異なっていた。



「なに、これ……?」



 その光景に圧倒された夕姫が一歩後退ったとき、彼女の足に何かが当たった。それを見た夕姫は小さな悲鳴をあげる。



「これって……も、もしかして、人骨?」



 誰が見てもそうとわかる形で残されたそれは紛れもなく人骨だった。一体どれだけの時間が経過しているのか。


 それを見たイリスとレイも息を飲んだ。



「見える範囲だけでも結構な数がありますね」



 人骨と思われるものが至るところに転がっている。重力がどう働いているのか、壁や天井――と言えるかわからないが――にも真下に落ちることなく転がっている。


 そのどれもが全身の骨が綺麗に残っていた。事切れてから何人にも触れられることなく、長い時の中に置き去りにされたということが見てわかる。



「あっ、入口が!?」



 大きな声をあげたイリスの方を振り返ると、たった自分たちが入ってきた通路が消えていた。まるで初めからそこになかったかのように。


 時折、階段や壁が動き、迷宮は音もなくその形を変えている。これでは自分たちの現在地を把握するのも困難だ。



「身命を賭してこの先へ挑め。そういうことか」



 転がる人骨はこの迷宮を踏破することが叶わなかった者たちの末路か。


 『魔導連合』の研究区画に入るにせよ、地上に戻るにせよ、出口を見つけられなければ仲良く白骨の仲間入りというわけだ。



「黒神さん、どうしますか?」



 即座に入口が消えてしまうことは想定できていなかった。


 迷宮があると聞いた時点である程度は食料の備えはしてきている。しかし手持ちできる量では、どんなに切り詰めても一週間が限界だ。



「出口を探す他ない。行くぞ」

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