それでも世は廻る④

 どこにあるのかわからない出口を求めての迷宮探索。


 見つけられなければ餓死するしかない深刻な状況下に輝たちは置かれている。



「「「きゃああああああ――――っ」」」



 その深刻さに沈黙することはなく、むしろ常に騒がしい声がひっきりなしに木霊していた。


 夕姫、イリス、レイ。女性三人がうるさいくらいに悲鳴を上げている。


 原因は散発的に現れる魔獣だ。


 魔獣の名は『屍宿り』パラスグール。文字通り動物の死骸に寄生してその死肉を食らって生きるランクFの魔獣。


 死骸の脳に寄生し、その身体を操って他の生物を襲うのが特徴だ。死骸が損壊しても腐肉を無理やり結合して動き続けるため厄介そうに思えるが、本体は死骸の脳を潰せば一緒に潰れるほどに脆弱。それ故に素人でも対応が容易とされている。


「イ、イリスちゃん! 右! 右からも来た! 早く斬って!」


「斬ってますよ! ていうか夕姫様も戦ってくださいよ!」


「むり! むりむりむりむり! だって私素手だもん気持ち悪いもん! ほら! それなんて腐って蛆が湧いちゃってるじゃん!」


「なんでこのご時世に武器持ってないんですか――ってレイちゃん後ろ後ろ!」


「え? ひゃああああああああっ!?」



 普段からはまず想像できない甲高い声を上げながら、レイは背後に迫る『屍宿り』パラスグール【対物障壁】アンチ・マテリアル・シールドで拘束。眼孔で蛆が蠢く様子を間近で見て顔を引きつらせた。



「だから頭を砕けって」



 輝は身動きのとれない『屍宿り』パラスグールの頭に機械鎌を突き刺し、頭蓋を粉砕した。腐った脳漿が飛び散り、女性陣がもう何度目かわからない悲鳴を上げる。



「余裕があったら魔力素マナ結晶は拾っておけよ」



 『屍宿り』パラスグールが残した小指の先ほどの魔力素マナ結晶を摘み上げる。


 魔力素マナ結晶は資金源かつエネルギー源になるため、集められるときに集めておいて損はない。



「イヤですよ! バカですか輝様! 腐肉まみれの石ころなんか触れるわけないでしょ!」


「まあ無理にとは言わないけど」



 この状況で無理強いはすまい。



「あと夕姫、素手で触って寄生されるのを警戒してるんだったら心配ないぞ。仮に寄生されたとしても『屍宿り』パラスグールは生物の免疫機能で死滅するから身体に害はない。心配せずに戦え」


「そーゆー問題じゃないんですけど!? 純粋に気持ち悪いの!」


「レイもか?」


「きゃああああっ! いやあああああっ!」



 聞いてすらいない。しかし迫りくる『屍宿り』パラスグールを障壁で捻じ切ってバラバラにしており、一番戦果を上げていた。


 それにしても【対物障壁】アンチ・マテリアル・シールドを攻撃に使うのは見事なアイデアだと思う。いつか真似をさせてもらおう。



法則制御ルール・ディファイン――魔力圧縮・一斉放射ソード・オブ・ザ・ハート



 みんな泣きそうになっていた――というよりすでに泣いていた――ので【弱者の抵抗】ソード・オブ・ザ・ハートで周囲の動く死体を纏めて吹き飛ばす。


 床一面に散らばった腐肉の残骸が動き出す気配はない。



「輝様! 最初からそれやってくださいよ!」


「そうは言ってもな、これの数にも限りがあるんだ。安易に使うわけにもいかない」



 イリスの抗議に輝は機械鎌から排出された空のシリンジを見せた。


 輝の血液が入ったシリンジ。これがなければ魔術を使うことができない。



「それ、あといくつあるんですか?」


「四十九本ととっておきが二本」



 節約すれば【弱者の抵抗】ソード・オブ・ザ・ハートが百五十回ほど撃てる。【神命穿つ断片化】フラグメントソング・アンチフェイスなら最大三回だ。



「いっぱいあるじゃないですか! 使ってくださいよ!」


「わかったわかった」



 よほど怖かったのだろう。半ギレ涙目で縋り付いてくるイリス。


 この先に何があるかわからないから温存したいところだが、確かにこの様子では三人の消耗が先になってしまいそうだ。


 シリンジを六本消費して発動した【弱者の抵抗】ソード・オブ・ザ・ハートで確認できる限りの『屍宿り』パラスグールを一掃した。


 魔獣の姿が消えたことで、イリスだけではなくレイと夕姫も安堵に胸を撫で下ろす。



「少し休もう。レイ、魔力は大丈夫か? すまないが障壁を張ってもらいたい」


「問題ありません。魔力はまだまだ余力がありますから」



 また『屍宿り』パラスグールが出てきても背後から襲われないよう壁際に身を寄せ、レイの障壁で即席の安全地帯を生成する。


 緊張が途切れ、夕姫たちはその場に座り込んだ。



「それにしても出口、全然見つからないね」


「闇雲に探すだけじゃ駄目なんだろうな」



 この迷宮がどのようなものか調べるにあたって、まずは手当たり次第に扉を開いてみた。だが扉の先は部屋があるというわけではなく、迷宮内の別の扉に繋がっていて、結局この迷宮に戻されてしまう。どれを開いても同じ結果だった。


 だが『屍宿り』パラスグールは扉から現れる。だから扉に何かあるのは間違いない。しかし扉を調べてみてもこれといったものは見つからない。


 強いて挙げるなら、どの扉にも一見すると術式に見える半端な文様が刻まれていることか。だがそれっぽいだけでこれは術式ではない。術式に必須な式が欠落しているのだ。


 迷宮内のいずれかの扉に正しい術式が書かれた扉がある? だがこの形を変える迷宮の中で、魔獣の妨害を掻い潜りながら、いくつあるかもわからない扉全てを確認して回るのは難しい。


 持ちうるすべての知恵と身命を賭して挑め。


 あの台座にそう書かれていたのだから、知恵で解決する方法が必ずある。


 扉に書かれた術式に似た文様。やはりあれが気になる。


 輝はおもむろに機械鎌で手を切った。それを見ていたイリスが吃驚する。



「ちょっと輝様っ、なにしてるんですか!?」


「試してみたいことがある」



 輝は手近な扉の前に立つと、傷口から滴り落ちる血を指先にすくい取って、扉に刻まれた紋様にとある術式を書き加えた。


 正直、魔術の最高峰と呼ばれる『魔導連合』の試験で、こんな簡単なものを課題にするとは思えないが。



「輝くん、それなに書いたの?」


「少し前まで学生だった夕姫なら見てわかるだろ」


「え?」


「……え? どんな術式にも刻まれてる【魔力圧縮】の式だぞ、これ」



 魔術を起動するために必要な魔力を供給することを表す式。機械でいうと電源装置に相当するもので、これがなければ魔力が流せず、どのような術式でも起動ができない。



「あっ、ほんとだ! わ、忘れてた……そういえばそうだったね。私、ちょっと前まで学生だったのに……こんなだから第三階級サードの試験落ちちゃうんだよね……あはは」



 魔術師の階級試験か。世界共通の資格なのでいずれ『ファブロス・エウケー』でも導入しなければならない制度だ。


 落ちたのは残念だが。



「まあ今の時代、この術式を手書きすること自体ほとんどないからな。それに夕姫なら第三階級サードなんて次は取れるだろ。そんな落ち込むな」


「うん、ありがと」



 励ますと夕姫はすぐに立ち直ってくれた。



「はあ、私はよくわからないですけど」


「イリスも魔術を使ってるんじゃなかったか?」



 実際に見たことはないが、『鋼の戦乙女』アイゼンリッターは全員が共通した魔術を使用するとティアノラに聞かされた覚えがある。



「【トライデント】のことですよね。これは私の剣に刻まれている術式です。私の魔力を流しているだけで、私自身は魔術の知識はほとんどありません。流石に基礎の【身体強化】フィジカルエンチャントくらいは使えますけど」



 それを言ったら【魔力圧縮】は基礎の基礎だが。むしろ当たり前すぎて学ぶことがないのだろうか。



「そうか。まあ術式兵装はそういうものだからな。でもレイは?」


「私は、その、自分の身を守るためにいつの間にか使えるようになっていて。感覚的に使っているので魔術の知識はないんです……」



 レイが防御系の魔術しか使用しない理由の一端を知って言葉に詰まった。


 しかし知識なく魔術を使えるというのは、魔術師としてとてつもない才能を秘めているのではないか。


 話している間に追記は終わった。



「誰か魔力を流してもらっていいか?」


「私がやるよ。輝くん魔力を体外に出せないもんね」


「助かる」



 夕姫が扉に触れて魔力を流し込むと扉が発光した。その瞬間、絶えず形を変えていた迷宮の動きが止まった。


 これが正解かどうかはわからないが、少なくとも変化はあった。



「輝くん」


「なんだ?」


「怖いから開けてもらっていい? さっきの魔獣がわーって出てきそうで」


「わかった」



 すっかり怯えきってしまっている。見た目がグロテスクな魔獣なので仕方ないか。


 一応用心して機械鎌を手にゆっくりと扉を開いた。『屍宿り』パラスグールや他の魔獣が飛び出してくる気配はない。


 扉の先は台座が置かれていた入口と同じような空間。台座がなく薄暗いということ以外、変わった様子は見られない。



「コングラッチュレーション!」



 突然室内が明るくなり、老人の声が反響した。



「よくぞこの迷宮の仕組みに気づいた。いやぁ何年ぶりかのう? たいした仕掛けではないというのに、気づかない者が多くての。今年も達成者は出ないと思っておったのだよ」



 白衣を纏った三人の男。真ん中に立つ研究者のような身なりをした老人が満面の笑みで輝たちを迎えた。



「迷宮をクリアした君たちは『創生祭』の期間中この研究施設を見学することができる。世界の魔術を牽引すると言って過言ではない『魔導連合』の、最新設備を目にすることができるまたとない機会じゃ。存分に知識を吸収していったくれたまえ。それが未来の宝となるのだからのう」



 あまりにも友好的な態度に輝たちは警戒する。



「アンタは?」


「おっと、そういえば自己紹介がまだだったの。こりゃ失敬」



 老人はネクタイを締め直して咳払いを一つ。



「儂はテトロという。神の転生システムと転生体について研究を行っておるここの研究者じゃよ。論文もたくさん出しておるでの。読んだことはあるかの?」



 随分と気さくな態度だ。まさか自分のことを知らない? 『黄金郷の惨劇』スカージ・オブ・オフィールのことが全世界に広まっているいまの時勢にあり得るのだろうか。



「なさそうじゃの。まあ君らはまだ若い。この分野に興味があるなら、ぜひ一度読んでみてくれたまえ。自分で言うのもなんじゃが、損はせんぞ?」



 沈黙した輝たちの反応をそう取ったらしく、テトロはあくまで先達者として振る舞っている。


 知らない振りをしているとしても、自分たちがすべきことは変わらない。



「ああ、そうさせてもらう。それよりもこの施設を見学できるっていうのは?」


「言葉通りじゃよ。毎年『魔導連合』はこういう催しを行っておってな。魔術により隠蔽された入口を見つけ、迷宮を攻略できた優秀な者には施設を見学させておるのじゃよ。後進となる若者たちを育てる意味もあるでの」


「自由に見て回っていいのか?」


「機密もあるから全てを自由に、というわけにはいかん。じゃがこの紙で色のついている区画なら自由に見て回って構わんぞ。ほれ」



 テトロに手渡された紙には見取り図が書かれており、アーガムに渡されたものと同じ構造だった。見学可能な区画が色分けされている。


 そして色分けされた区画には、アルフェリカが囚われているであろうと予測されている場所が含まれていた。



「ならここを見学させてもらっていいか」


「転生体の研究区画かっ。もちろんよいぞっ。この区画は儂が責任者をしておるでの。せっかくじゃから儂が案内をしてやろう!」



 自分の研究分野に興味を示されたのが嬉しいのか、テトロはシワだらけの顔をさらにくしゃくしゃにして笑った。



「ほれほれ早くついて来なさい。時間は有限じゃぞ?」



 助手の二人を放置して歩いていくテトロの後を輝たちもついていくことにした。


 足元の影に、赤いインクをこぼしたような点が二つあることには誰も気づかなかった。

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