第一章:神秘の園《ソーサラーガーデン》
神秘の園①
荒れ果てた大地を一台の軍用車両が疾走する。
頑強な装甲を持つそれは険しい悪路を物ともせず、風もかくやという速度で駆け抜けていた。
都市の外へと一歩でも出れば、そこは凶悪な魔獣が
「イリスちゃん! もっとスピード出して! 追いつかれちゃうよ!」
窓から身を乗り出して叫ぶのは神楽夕姫。後方を監視する彼女の声には焦りが滲んでいた。
もともと理想郷『アルカディア』で一介の学生として暮らしていた彼女はまだ魔獣というものに慣れていない。
「無茶言わないでください夕姫様! こんな悪路でこれ以上出したら車体が跳ねて横転します!」
夕姫の焦りが
拠点である『ファブロス・エウケー』の治安維持を主な職務とする
戦闘技術を身につけているとはいえ、ただの人間である彼女にとって、魔獣はかなりの脅威だ。急かされれば焦るだろう。
整備されていない道を走る車はひっきりなしに揺れ、ときおり大きな石を踏んで車体を傾かせることもあった。
横転しないようにハンドルを切って立て直す。しかしその度に速度は失われ、魔獣との距離が徐々に縮まってきている。
追い縋る魔獣は六匹。見た目は狐に似ているが、その身体は人間と同じくらいに大きい。
「
「ひゃあっ!?」
身を乗り出す夕姫の首根っこを掴んで車内に引き戻し、黒神輝は窓を閉めた。
「ここまで近づかれたら窓を開けていると危険だ。あいつらの脚力ならあそこから夕姫の喉笛までひとっ飛びだ」
淡々とした輝の警告に夕姫は顔を青くする。
白髪と蒼眼という一風変わった容貌の彼は慌てふためく少女二人と対照的に冷静だ。
「あーもーやだぁーっ! 助けてレイちゃあん!」
サイドミラー越しに魔獣と目が合ったイリスは助手席に座るレイ=クロークに向かって情けない声を出した。
「落ち着いてくださいイリス。まだ追いつかれただけですよ」
「ランクCの魔獣に囲まれて落ち着けないよぉーっ! むしろなんでレイちゃんはそんな落ち着いてるの!?」
「いえ、殿方に比べたら魔獣など。それにこれだけ近づかれたなら返って対処がしやすくなったので」
そう言うとレイは並走する
彼女の手元が淡く光り、瞬時に構築された術式
座標固定された
「――振り切ったからもうスピードを落として大丈夫だぞ」
魔獣の姿が見えなくなったことを確認して、輝は一向に速度を緩めようとしないイリスに声をかけた。
「わ、わかりました」
輝の指示に従って停車させると、緊張から解放されたイリスはぐったりとハンドルにもたれかかった。クラクションがけたたましく鳴り響いてうるさい。
「こら、魔獣が寄ってくるから鳴らすな。それと夕姫も大丈夫か?」
イリスに注意をしつつ、同じくぐったりとしている夕姫を気にかけた。
「うん、まあ……気疲れしただけだから大丈夫。ありがとね、輝くん」
心配されて嬉しそうにしながらも、疲れたような笑みを浮かべる夕姫。
一歩間違えれば死ぬ。そんな危険に晒されて平静を保てるほど、夕姫は狩人としては成熟していなかった。魔獣に対する恐怖心は、まだそれなりに大きいだろう。
「もう外やだぁっ! 運転やだぁっ!」
「イリスもお疲れ。俺が運転するから休んでてくれ」
「そうしますよ! ていうか輝様は何もしてないんだから代わって当然です! わーん、レイちゃーん! 怖かったし疲れたよーっ」
イリスは車を停止させるや否や運転席から飛び出してレイの胸にダイブした。
「ふあぁぁっ……レイちゃん柔らかくて癒されるぅ……」
イリスの言動は今に始まった事ではない。顔を埋められるレイは仕方ないですねと言いたげに目を細めた。
「さて、先を急ぐぞ」
ハンドルを握った輝が車を急加速させるとそれに驚いた女性三人が一斉に悲鳴を上げた。
「ちょっと輝様! 運転荒すぎですよ!」
「悪い」
謝りはするが減速はしない。車は魔獣から逃亡していたときと同じ速度で荒野を走り抜ける。
一刻も早く目的地に辿り着かなくてはならない。
アルフェリカ=オリュンシア。
〝断罪の女神〟の転生体であり、黒神輝が守ると約束した女の子。転生体として生まれ、他者に忌み嫌われ、研究の実験体として辛い思いをしてきた。
そんな子がいま『魔導連合』という魔術組織に実験体として捕らわれている。
これ以上、彼女が辛い思いをしていいはずがない。
一分でも早く、一秒でも早く。助けを待つ彼女の元へ。
早く。早く。早く。
それから四日間。
休息と魔獣との遭遇時を除いて、輝がハンドルから手を離すことはなかった。
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