第四章:想い続ける限り《ディアワン》
想い続ける限り①
輝たちは上空に浮かぶセレス――テンプスを見上げた。
力を抑えていた腕輪はテンプスの力によってすでに破壊されている。解放された彼女の存在の圧は先程の比ではない。
空間が捻れ、歪み、歪曲する。その範囲は小さな町であれば、悠に飲み込むことができるほどに広い。逃れることなどできはしない。
その不可避を断罪の刃が斬り裂いた。
テンプスは一瞬だけ目を見開く。しかし即座に同じ規模の歪みを再び生み出した。
アルフェリカの
テンプスが歪みを生む。アルフェリカが切り裂く。さらに歪みが生まれる。また斬り裂く。
幾度となく繰り返される攻防は単調なれど熾烈。瞬きの間に十を超える攻撃が繰り出され、常人であれば一つに対処するのが精一杯と言ったところ。
その悉くをアルフェリカがたった一人で捌いていく。
「なるほど、防げようとも反撃するだけの余力はないようだ」
捌けているとはいえ、テンプスの手数は膨大。アルフェリカは防御に手一杯で攻撃に転じる余裕はない。
そんなことは誰の目から見ても明らか。
ならば他の者が攻勢に出れば良いだけのことだ。
「
上空にあるテンプスに向けて放たれた魔力砲撃。
「っ!?」
それが輝たちの背後から降りかかってきた。
爆発。轟音。高威力の砲撃が着弾点を爆砕して粉塵を巻き上げた。
「はははっ、馬鹿め! 我に飛び道具など効かぬ! その全てを汝らに返してくれる! 自らの力で散るが良いわ!」
自滅した輝たちを嘲笑う声が荒野に響き渡った。その滑稽さに先程までの怒りが愉悦に変わっている。
しかしその哄笑も、粉塵が風にさらわれたときにはピタリと止まった。
「往生際が悪いな、人間」
多重の障壁の内側に無傷の輝たちを認め、テンプスは嫌悪に眉をひそめる。
「一度死んでいながら、人に寄生するアナタも同じでしょう?」
いち早く背後からの砲撃を察知して障壁を展開したアーガムが薄ら笑った。
「テンプスは空間を自在に繋ぎ、断つことができる。遠距離攻撃の類は全て反射されます。不用意な攻撃は控えた方が賢明だ」
「すまない、助かった」
アーガムがいなければ自分の魔術で皆を傷つけることになっていた。
幸い、アルフェリカのおかげでテンプスの攻撃もこちらに届いていない。彼女が時間を稼いでくれている間に、何か策を考えなければならない。
「アーガム、テンプスを無力化する方法に当てはあるか?」
転生体・覚醒体を無力化する方法は原則一つだけ。
それは意識を失わせること。意識がなければ神の力は使えない。これは人間の肉体に宿る以上、克服できるようなものではない。
そしてそれに至る手段はいくらでもある。
脳震盪を起こす。薬を飲ませて眠らせる。絞首などでブラックアウトさせる。電気ショックでも良い。
いくらでもあるが、実行するのは簡単ではない。
「これを使う他ないと考えている」
アーガムが複数のプレートがつけられたチェーンを取り出すと、プレートの一つから術式が起動して首輪が出てきた。
それに良い印象を持たない輝はわずかに顔をしかめる。
「これはアルフェリカ殿に着けられていたもの同タイプのものだ。装着者の魔力を奪う術式兵装。魔力がなければ神といえども力は使えぬ。いま手元にあるのはこれ一つだけだ」
確かに装着するだけの分、意識を奪うよりも簡単で確実だ。この首輪が敵性転生体や敵性覚醒体の抑止力として有効であることも認めよう。
これに頼るのは心底遺憾だが、選り好みしている場合でもない。
「問題はどうやって装着するかだが」
「誰が装着するか、という問題でもある」
「一番可能性が高いのはアルフェリカだろうが、防御に専念してもらわないと皆が危険だ」
テンプスの攻撃を防げるのはアルフェリカしかない。テンプスに接近する上で適任だが、守りの要でもある。彼女の穴を埋められる者がここにはいない。
「私に任せてもらえないだろうか。元々は私が招いた事態。最も危険な役割は私がやるべきだろう」
「わかった。じゃあどうやる?」
言い換えるならどう近づくか。
テンプスは上空。普通に近づけば空間歪曲の餌食になる。アルフェリカは空間歪曲を防げるが、彼女から離れたら他の者が標的にされるだろう。
考えろ。
たとえ
アルフェリカから離れず、テンプスに近づき、セレスを救う方法。
あるに決まっている。
「レイ!
「はい!」
輝の指示に従ってレイは
それはテンプスへ繋がる道だ。
「みんな! あたしについて来て!」
アルフェリカは輝の意図を読み取り、展開された障壁を足場にテンプス目掛けて疾走した。
ウォルシィラも一瞬遅れて行動に移し、他の者も戸惑いながら先に動いた二人に追従する。
そして皆すぐにその意図を理解した。
「はっ、一斉にかかれば我に届くとでも!? 侮るな!」
駆け上ってくる輝たちを迎撃せんと空間を歪ませ、それら全てをアルフェリカが防ぐ。
しかしテンプスは同時に足場となる障壁も標的としていた。
「あっ!?」
イリスが飛び移った先の障壁が着地直前に破壊された。
それを見ていたテンプスの口元が三日月のように吊り上がる。物理法則に従って落下していくイリスが狙われる。
カバーしようとアルフェリカが転身しようとするよりも早く、輝が動いていた。
「
新たな障壁を展開しながら自由落下するイリスを抱き止める。そのまま障壁を駆け上がった。
「こ、こんなときにポイント稼ぎですかっ」
「なんのポイントだ?」
「……助かりました。ありがとうございます」
最初からそう言えば良いというのに。素直じゃない。
「離すぞ」
「はいっ」
タイミングを見計らってイリスから手を離し、彼女は自分の足で駆け上がっていく。
輝とレイは足場となる障壁をさらに補充。それは破壊の速度を上回り、アルフェリカの手が届く範囲では障壁の破壊すら許されない。
すぐに距離は詰められ、先頭を走るアルフェリカがテンプスを射程圏内に捉えた。
それを察知したテンプスは飛び退くことによって一瞬だけ圏外へと脱出。
テンプスの周囲の空間が歪む。転移で逃れる気だ。
「逃すか!」
それを読んでいた輝は魔力砲撃を放つ。
テンプスは転移を中断。射線上の空間と輝の背後の空間を繋ぎ、攻撃を反射させた。
輝は自身の砲撃に飲み込まれ、落下していく。
しかしその隙にアルフェリカが完全に懐へと潜り込んでいた。
最早アルフェリカがテンプスを逃すことはない。転移も反撃も、空間ごと術式を断ち切り無効化できる。
「あの男を放っておいて良いのか? 自身の攻撃を受けて無事では済むまい?」
「無事に決まってるでしょ」
苦し紛れの揺さぶりにアルフェリカが動じることはない。
「あんな魔力の込もってない一撃じゃ誰も倒せないもの」
「な、に……?」
視線の先に健在な輝の姿をテンプスは見た。軽い傷を負っているがそれだけだ。
砲撃は見た目が派手なだけ。テンプスの行動阻害が目的の反射されることが前提の一撃。
戦術や駆け引き。それらは人間の持つ武器の一つだ。
「神はその強大な力故に戦い方を知らない。それがお前たちの脆さだ。だからこんな子供騙しすら見破れない」
「おのれえええええええぇぇぇぇぇ――――――――っ!」
絶叫と共に空間が無作為に歪み出した。手当たり次第の無差別攻撃。
そんな悪あがきが通用するわけもなく、悉くを白銀の刃が斬り捨てていく。
「感謝する、黒神殿、アルフェリカ殿」
アーガムがテンプスの前に降り立った。
手には首輪。アルフェリカを捕らえるために使われた術式兵装。輝とアルフェリカにとっては忌まわしきモノ。
だがそれで誰かを救うこともできるのなら、それは道具が悪かったのではなく、使い方が悪かっただけ。
この忌まわしさも、いずれ払拭することができるのかもしれない。
「セレスを渡しはしない!」
首輪を持った手を突き出した。
「舐めるな人間風情がああああああぁぁぁぁぁぁっ」
アーガムとテンプスの間の空間が歪む。
それもアルフェリカが防ぐ――はずだった。
術式を斬るべく振り上げられた白銀の刃は振り下ろされることなく止まる。アーガムの身体が邪魔で術式を斬ることができない。
もたらされた結果は首輪の消失。
歪んだ空間がアーガムの右腕ごと首輪を飲み込んだ。肘から先が失われ、傷口から血が吹き出す。
アーガムの血で顔を濡らしながら、テンプスは勝ち誇ったかのように高笑った。
「それが我を封じる切り札だったか! そのような玩具で我を封じようとは何たる侮辱か! 万死に値する大罪であるぞ! 人間とはやはり愚かで罪深い生き物だな!」
まずい。
テンプスを無力化するための術式兵装が失われた。予備はない。気絶させることはできるか。
「くっ!」
咄嗟にアルフェリカがテンプスの顎に掌底を入れた。しかし心得のないアルフェリカの、しかも苦し紛れに放たれた一撃は、痛打になっても意識を刈り取るに至らない。
そして無理に放った攻撃は致命的な隙を生んでしまった。
「死ね、人間」
アルフェリカの胸元で空間が歪む。防げるのはアルフェリカ本人だけ。しかし隙を晒した今のアルフェリカでは防げない。
「君が死ね、テンプス」
死の宣告を貫く
自ら
ウォルシィラがテンプスへと躍りかかる。
手には漆黒の大鎌。
「鳴れ――」
神を殺すためだけに創造された『神葬霊具』。
「――
グラスを指で弾いたような、小気味の良い澄んだ音が響き渡った。
捩れた空間が元に戻った。展開されていた障壁が消え去った。
あらゆる魔を沈黙させ、神の力でさえも打ち消し、その刃にて首を刈り取る。
人間の力では抗うことは難しく、神であれば逃れること能わず。
振るわれた漆黒の大鎌が白い肌の上を滑る。
首筋に浮かぶ神名ごと柔肌が切り裂かれ。
鮮血が噴き、赤い雨が降り。
一滴が兄の頬へと落ちる。
理解できなかった兄は呆然とし。
妹の身体は地へと堕ちていく。
とっさに伸ばした右腕が届くはずもなく。
「セレェェェェェェェェェェェス!」
兄は絶望を叫んだ。
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