想い続ける限り③

 冴え冴えとした月明かりを打ち消すかのように、地上からは数多の光が放たれていた。


 世界の誕生を祝う『創世祭』前夜祭。都市の至る所で魔術の光が煌めき、その光の中で人々は思い想いに楽しんでいる。


 展示された作品を鑑賞する者。露天に並ぶアクセサリーを品定めする者。食べ歩きをしながら談笑する者。自前の楽器で音楽を奏でる者。その音楽に合わせて踊る者。


 地上は活気で満ち溢れていた。


 今夜から祭が終わるまで、誰にとっても楽しいひと時となるはずだった。


 そんな未来は、前触れなく発生した大爆発によって粉微塵に吹き飛んだ。


 爆発の直撃を受けた者は即死。爆風で舞い上げられた者は地面に叩きつけられて転落死。落下物に巻き込まれた者は圧死。運が良くても大怪我。


 爆発の衝撃で足元が崩れ、何百人という人々が地下の暗闇へと飲み込まれていく。


 入れ替わるように暗闇から人影がいくつも飛び出した。


 そのいずれも体表が青白く輝いている。



「転生体だ――っ!」



 誰かが叫んだ。


 足元から現れた転生体。その姿を見た人々は恐慌状態に陥った。


 爆心地から避難しようと、あらゆる者が我先にと逃げ出した。悲鳴に怒声。他者を突き飛ばし、転んだ者を踏みつけにし、動かなくなっても気に留めない。


 皆、助かることに必死だった。


 それを醜悪だと嘲ることなど、きっと人間であればできはしない。


 しかし人間でないモノは、そんな姿を見て嘲笑うのだ。


 地中から飛び出してきたモノの一つが手を振るう。逃げ惑う人々が何十人も細切れになった。


 それを行なったのは転生体か覚醒体か。どちらにせよ、命を手にかけて嗤えるソレが敵性を持つことに疑う余地はない。


 そしてソレは一人だけではない。敵性転生体は今までの理不尽を当たり散らすように、敵性覚醒体はそこに人間がいるというだけで、破壊と殺戮を開始した。


 その蛮行を止めに入ったのも転生体と覚醒体だった。人類を愛してくれる友好覚醒体、あるいは暴虐を見過ごせなかった友好転生体たちが、人々を守るべく力を振るう。


 神と神の力がぶつかり合い。その余波だけで人間の命は容易く消し飛ぶ。



「神々の力……改めて目の当たりにすると、やはり凄まじいものじゃの」



 深刻そうな言葉とは裏腹に、地上の惨劇を見下ろす少女は愉快そうに赤い目を細めている。扇で隠された口元に笑みが湛えられていることは、きっと誰が見てもわかるだろう。



「黒神輝との邂逅は既に成った。この事態のきっかけを作ったのも、他ならぬやつ自身であるということを説明できるだけの材料も揃った」



 手元の携帯端末に流れる映像には、転生体を無力化する首輪を輝が魔術によって破壊した様子がはっきりと記録されていた。


 それだけではなく『ソーサラーガーデン』の入国審査を不正に掻い潜ったことやテトロを傀儡にして機密区画に侵入した証拠も抑えてある。


 世界を動かすには十分。



「この惨劇で朽ちてくれれば儲けものじゃが――そこまで上手く事が運ぶことはあるまい」



 でなければわざわざ〝断罪の女神〟の転生体を拐かして誘き寄せるまでもなかった。



「まったく……大義名分がなければ動けんとはまつりごととはつくづく面倒なものじゃの。必要だったとはいえ、国など作るのではなかったわ」



 しかしこれで大義名分を作ることはできた。



「さてさて、とりあえずまずは国民の避難と事態の収拾じゃな。総帥としての体面は今しばらく保たねばならんからの。その後は――」



 本格的に〝神殺し〟ブラックゴッドを世界から消そうではないか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る