傍に居たくて⑤

 少しだけ時間は戻る。


 ウォルシィラは通路を疾走し、すぐに奥にある人影を視認した。



「見つけたよっ!」


「ちぃっ!」



 崩れた天井の瓦礫にでも埋まっていたのか、埃を被った黒髪の男の姿がある。あれがシャドウだ。


 魔力の気配。男の足元に魔法陣が展開されて、その身体が影の中に沈んでいく。



「逃がさないよ!」



 また姿をくらまされたら面倒だ。ウォルシィラはそれを阻止せんと走りながら瓦礫を蹴り飛ばした。



「食らうかよ!」



 せり出して来た影の棘が瓦礫を防ぎ、その隙にシャドウは影の中に潜ってしまった。シャドウが沈んだところから徐々に影が広がっていく。


 このままでは先程の繰り返し。今は味方の助力が得られない分、より状況が悪くなる。



「でも対処方法はもうわかってるよ!」


「んなぁっ!?」



 広がっている影の中心部に掌打。床面と共に影が爆散する。


 身を隠す影を失ったシャドウが再び姿を現した。慌てた様子で後退。



「ちっこいくせになんつー馬鹿力だよ!?」


「ちっこいゆーなぁっ!」



 身体から神名が消失し、叫びと共に強烈な蹴りが繰り出される。



「どおっ!?」



 シャドウは人間の可動域に挑むような動きで躱した。代わりにそれを食らった壁面が大きく陥没する。


 消失した神名が再び全身を覆った。今の攻防に一番驚いたのはウォルシィラだ。



「ちょっ、夕姫いま主導権奪わなかった!? なにしたの!?」


(わ、わかんない……ついカッとなって、気づいたら身体が動いてた)



 普通、神の意思に反して肉体の主導権を奪うことなんて出来ない。神が抑えつける力に人間の力では敵わない。単純に力の差がある。


 夕姫の身体を奪うつもりなどさらさらないが、それを差し引いても奇怪な現象だった。


 なんてことを考えていると死角から攻撃がきた。屈んで躱してシャドウに意識を戻す。



「頑丈に作ってある壁が蹴り一発でこれかよ……これだから覚醒体ってのはイヤなんだよなぁ。常識外れも良いとこだぜ」


「じゃあ逃げたらいいんじゃないかな? 人間と神の力は歴然だ。ちょっとやそっとで覆せるものじゃないよ」


「いやぁそうしたいのは山々なんだが、そういうわけにもいかねぇのよ。こちとら仕事なもんでね。雇われの辛いとこだ」


「死ぬよりマシだと思うけどね」



 夕姫の手を汚させたくないため、できれば殺したくはない。しかし必要とあらば殺すことを躊躇うつもりもない。



「慈悲深いねぇ。全部の神がアンタみたいに話せるやつだったら、俺たち人類ももう少し安心できるんだけどなぁ」



 人間が神を恐れるのは仕方がない。〝神滅戦争〟ディオスマキナや敵性神によって人類には神への恐怖が深く刻まれている。



「けど友好神も敵性神も、結局のとこ本質は変わらねぇ」


「っ!?」



 突如として視界が黒く染まった。目を何かで遮られているわけではない。眼球に傷を負ったわけでもない。


 ただ黒一色で何も見えない。



「アンタら神は人間を侮る。どんな状況でも、どんな時でも。だから戦闘中に会話に応じるし、隠蔽しながら術式を構築していることに気づきもしない」



 視覚を奪われたのはまずい。



「あんま人間を舐め腐ってんじゃねぇぞ――害獣ども!」



 周囲から攻撃の気配。しかし人間の身体では正確な状況まで把握することが出来ない。


 回避行動。全身に鋭い痛みが走る。躱し切れなかったが致命傷には至っていない。


 〝戦女神〟としての経験と勘のみを頼りに凌ぐことが出来た。



「見えねぇのに避けるとかどんだけだよ。ほんとイヤになるぜ」



 追撃。なんとか躱しても必ず傷は負わされる。残った感覚だけで躱し続けるなどできるわけがない。いずれは捉えられる。


 夕姫が死ぬ。


 輝たちは何をしている。アルフェリカを助けることはできたのか。まだ見つからないのか。それとも何らかの邪魔が入ったか。まさか窮地に陥っているということはあるまい。



「これには、頼りたくなかったんだけどな」



 どうあれ背に腹は変えられない。


 勘で回避行動を続けながら魔力を練り上げる。掌に浮かぶのは漆黒の魔法陣。



「黄泉へ下る御霊。怨嗟を紡ぐことも赦されず、終わりなき昏き旅路を歩め――」



 唇から漏れ出るのは神を殺す呪詛。本来、自分には使う資格のない人間のための武装。


 顕現するは漆黒の大鎌。



「――【黙する旅人】サイレントウォーカー



 人間を守るため。神を殺すため。〝神殺し〟ブラックゴッドがそう願って創ったはずの『神葬霊具』。


 そのことを知っているウォルシィラは苛立ちを覚えるしかない。


 そんな武器を――自分シャドウ人間に対して振るうことに。



「鳴れ、【黙する旅人】サイレントウォーカー



 漆黒の大鎌から澄みきった音が響く。魔を沈黙させ、あらゆる術式を破戒し、神の力さえも封じ込める力が拡散する。


 黒い視界は光を取り戻し、シャドウが構築していた術式の悉くを解体した。攻撃も防御も出来ない完全に無防備な状態。



「な、に――?」


「終わりだよ」



 驚愕から立ち直る暇なんて与えない。一瞬で背後に回り、手にした大鎌でその意識を刈り取った。

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