神秘の園④

 場所を移し、アーガムを加えた輝たち五人は近くの酒場に入った。


 酒場というだけあって店内は騒がしい。酔いどれたちの笑い声で作られた賑やかな喧騒。


 そんな中、輝たちの座るテーブルは重苦しい雰囲気が漂っていた。その空気を察してか料理を運んできた店員も注文した料理だけ置いてそそくさと厨房に消えていく。



「それで話っていうのはなんだ?」


「アルフェリカ殿を連れ去ったことについて、貴方たちの信用を裏切ったことについて、謝罪をしたい。誠に申し訳なかった」



 アーガムは深々と頭を下げる。



「それを受け入れると思うのか? 信じると思うのか?」



 謝罪されたところで怒りは収まらない。そんな言葉では現状は何も変わらない。


 アルフェリカは救われない。



「もちろん思ってなどいない。しかし許されないとわかっていても、私は私の行為に責任を持つ義務がある。行ったことについて贖わなければならない」


「贖う? なら――」



 命をもって償え。そう口にしようとして輝はなんとか自制した。


 他者の贖罪それを否定する資格は自分にはない。それは自身の否定にも繋がる。


 言葉にすることができず、もどかしさに拳を握りしめる輝はアーガムを睨みつけるしかなかった。


 そんな輝の目の前に麦酒が注がれたグラスが置かれた。



「輝様はこれでも飲んで黙っててください」



 イリスは一方的に告げるとアーガムに向き直った。



「アーガム様、贖うと仰いましたが、具体的にはどうするおつもりなのですか?」


「アルフェリカ殿の居場所とその場所までの侵入経路に関する情報の提供を、と考えている」



 提案された内容に輝たちは目を見開いた。



「……何が目的なのですか? 正直、私たちにはアーガム様の意図がわかりません」


「もっともな疑問だ」



 アルフェリカの誘拐は輝たち、延いては『ファブロス・エウケー』を敵に回すことになりかねない。それほどの危険を冒しておきながら、アルフェリカ奪還の手助けをするという。


 そんなことをするならば、そもそも初めから誘拐などしなければいい。


 〝第零階級魔術師〟アインメイガスと呼ばれるまでになった男がそこまで考えなしだとは思えない。


 何か裏があると勘繰らずにはいられなかった。



「私は『魔導連合』に所属する魔術師だ。立場上、組織の命令に従う義務がある。それがたとえ意にそぐわない命令であったとしてもね。どの口でと思うかもしれないが、私も人の子。罪悪感はあるのだよ。故にせめてもの贖罪として、出来る限りのことはしたいと思ったのだ」


「ご自身の立場を危うくしてまでですか?」


「すでに私に出された命令は完遂している。その後のことは私には与り知らぬことだ。私が情報を提供し、あなた方がそれをどう扱おうとも私に責はない」


「私たちに提供するというその情報は機密ではないのですか? それはアーガム様にとって十分にリスクだと思いますが。私たちを助けるメリットもないはずです」


「贖いなのだ。メリットなど必要はない。イリス殿が考えるリスクについても、命令に反することに比べれば瑣末なことなのだよ」


「そうだとして、本当に罪悪感それだけですか?」



 イリスは言葉の真偽を図ろうとアーガムをじっと見据える。アーガムは神妙な面持ちで、その視線を真正面から受け止めている。


 やがて根負けしたようにアーガムは小さく息を吐いた。



「正直に話そう。そもそも私個人は『魔導連合』や〝第零階級魔術師〟アインメイガスの地位にそこまで固執していない。だが私の目的を果たすために、いまこの立場を失うわけにはいかなかった」


「目的?」


「黒神殿には以前お話ししたな」



 アーガムが輝を見ると誘導されてイリスも輝を見た。レイも夕姫もつられたため、一同に注目されることになった輝は重苦しく口を開いた。



「神名の侵食を抑える首輪のことだな?」


「その通り。その技術を完成させるために『魔導連合』の研究設備は欠かせない。命令違反の責任を問われ、いまその設備が使用できなくなるのは困るのだ」


「なぜ困る? 〝第零階級魔術師〟アーガム=カロライナの術式兵装は誰もが欲しがる。その気になれば自ら資金を集め、工房を持つことだってできるはずだ。いま『魔導連合』に反する動機としては弱すぎる」



 輝の責めるような口調にアーガムは両肘をついて口元で両手を組む。



「……それを実現する時間が私には残されていないのだよ」



 それは一体どういう意味か。



「私には妹がいる。この世でたった一人の私の肉親だ。妹は転生体でね。しかも宿っているのは敵性神なのだ」



 そこまで言われれば理解できてしまう。



「私の研究は妹を救うためのものだ。神名の侵食を抑え、敵性神を封じ込めることさえできれば、妹が神に奪われることも、敵性覚醒体として人々に処理されることもなくなる。この技術が完成すれば、将来的に人々は敵性神に怯える必要もなくなる」



 そうなれば転生体が差別の対象ではなくなる可能性もあるだろう。アーガムが研究する技術は、世界的に有用であり、大きな希望になり得る。



「以前ティアノラ殿に勧誘を受けたとき黒神殿はこう言った。転生体が幸せに生きていける居場所を創る、と。覚えておられるか」


「ああ」


「その夢に、私は本当に共感したのだ」



 ため息を漏らすように、アーガムはそんなことを言った。



「よくある話だよ。転生体である妹を抱える私の一家は焼き討ちにあってね。両親はそれで他界した。当時、私は十五歳で一人でもなんとかなっただろうが、妹はまだ七歳。とても一人では生きていけない。もとより私の家族。見捨てることなどできなかった。幸い私は独学ながら簡単な【付与】エンチャントを扱えていたのでね。斧の斬れ味をよくしたり、農具を頑丈にしたり。村や集落を転々としながら、なんとか妹を食べさせていくことができていたよ。もちろん楽ではなかった。三年ほどそんな生き方をしたところで、『魔導連合』からお声がかかってね。死に物狂いでこの地位まで登り詰めたというわけだ」



 曖昧な微笑を浮かべ、苦難の詳細はぼかして語ろうとしなかった。


 語りたくないと見るべきか。


 転生体の妹と共に子供だけで外で生きていく。その過酷さはとても言葉では表せない。



「私は転生体である妹には穏やかに暮らしてもらいたい。何者にも脅かされない普通の生活を送ってほしい。黒神殿の夢は、私の願いに通ずるものがある」



 アーガムは俯きかけていた顔をあげて真剣な眼差しをこちらに向けた。



「イリス殿の問いに答えよう。全ては私の身勝手な我儘と自己満足なのだ。自らの利のためにアルフェリカ殿を魔の巣窟に連れ去ったことへの罪悪感は多分にある。しかしなによりも、妹と同じ境遇にある彼女をこのまま見捨てたとあれば、私は妹に顔向けできない。転生体を救うと口にすることもできなくなってしまう」



 何をふざけたことを。そう怒鳴り上げることは簡単だ。


 しかしアーガムがしたことと、これまで自分が行ってきたことはまるで同じ。


 『アルカディア』で、『オフィール』で、それよりもずっと昔――至る所で、誰かを救うためにそれよりも多くの者を傷つけてきた。数え切れないほどの命と幸福を奪った。


 自分の方がよほど残虐で残酷だ。


 結局は優先順位の話。自分が人間よりも転生体の幸福を優先したように、アーガムはアルフェリカよりも妹を優先した。


 アーガムを否定することは、そのまま自身の行いを否定することになる。


 間違いだと断じることは自分にはできない。



「アルフェリカ殿の救出に出来る限りのことはさせてもらう。研究が完成し、妹を転生体の運命から解放できたのなら、私のことは黒神殿の好きにして構わない。命での償いを望まれるのなら即座に自害しよう。私の言葉が信用できなければ【強制履行契約書】エンフォーススクロールを交わす覚悟もある。だからどうか私に猶予を頂きたい」



 テーブルの上にアーガムは額を擦りつけながらそう懇願した。


 それを目撃した周囲の客たちがどよめくが、当の本人には意に介した様子がない。


 無論、輝もそのようなことにいちいち気を割くつもりはなかった。


 アーガムの言葉は信じるに値するのかどうか。もっと言えば、アルフェリカを助けるにあたってアーガムが障害になるのかどうか。大事なのはそれだけだ。



「輝様。アーガム様の仰っていることにウソはありません」


「本当にそう思うのか?」



 イリスはアルフェリカのように嘘を見破る力を持っているわけではない。それがどうしてそう断言することができるのか。



「前に言いましたよね? 男の人のウソなんて目を見ればわかります。私はウソではないと判断します」



 イリスは確信を持って断言するが、つまるところ勘に過ぎない。アーガムの言葉が嘘ではないことを保証するものではない。


 だがアーガムの言葉に嘘偽りないことを誰がどうやって証明できる。


 ましてやアルフェリカの居場所について『魔導連合』の本部にいるという情報以外なにもない。闇雲に探すのは連れてきた三人に無用なリスクを負わせることになりかねない。



「アルフェリカに繋がる全ての情報を教えろ。全てはその後だ」



 未だ顔を上げようとしないアーガムにそう言い放った。

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