6 カマキリ

 まだ日が高い夕方。トキコは橋の下を眺めながら告げた。


「ボクのお母さんカマキリで、お父さん人間なんだ」


「……って聞いてもさっぱりなんだが。ええと、つまり……」


「みなまで聞くな」


 とめられた。


 よく分からないが、トキコ本人は自分が人間でないと思いたいらしかった。


 タイヨウが、どれ仕方ないトキコの妄想に付き合ってやろうか、と腹を括った瞬間、トキコの姿が変化した。


 ――その姿を目に入れれば、なるほどカマキリと人間のハイブリッドという言葉に頷けた。


 カマキリ特有の口角。細かくうごめく口髭。白い触角。水風船のように緊張感を持ってしわなく張った腹。

 針金をったような絶妙な曲がり方で体重を分散する細い脚。


 血の気の多い、瑞々しい肌。華奢な腕は人間の少年と変わらない。

 薄桃色に光沢ある身体を見てしまうと、彼が現実にそこにいるという変な納得があった。


 そこまで変貌しても、上半身は十二才の少年そのままだった。「鎌切」と名乗ったくせに前腕に存在しそうな鎌がない。


 トキコは居心地悪そうに弱々しく笑った。


「ボク、変化できるの、下半身と口だけなんだよねー……」


「……カマキリの特徴は鎌なのに、それが退化しちゃった訳か」


 トキコは哀しそうに頷いた。


 卵もないし、と脳内で付け加える。もし口にすれば、あるか! 僕はオスだ! と怒るだろうか。

 トキコが口元の下唇鬚を小さく震わせた。自身の異形を恥じる姿が人間より人間味があって、目を逸らせなかった。


 トキコは白い日傘の柄を人間の手でくるりと回した。

 正面に西日を見つめているから燦燦さんさんと日を浴びてしまっている。


 そして、日傘が隠すのはせいぜい腰上まで。だから身体の異形といえる箇所を丁度隠せていない。


 その光景があべこべな感じがした。

 幸いタイヨウたちの他に車も人影もなかった。





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