3 親 その1
母親が「スーツを買おう」と言い出した。就職活動用の黒の背広だ。父親が賛同し、どこどこの店に行こうと段取りを決め始める。
タイヨウは思わず口を挟んだ。
「いや、結婚式で買ったやつでいいじゃん」
叔父の結婚式に出る際スーツを購入したのだ。
両親が固まった。
父親は視線を外し、母親が戸惑い顔のまま父親に耳打ちした。ひそひそ。何か言ってる。
心臓の内側がざらついた。
車内に重い空気が漂った。
母親が「……あのね」と機嫌を窺うように告げた。
「結婚式の時のはストライプ入ってたでしょ、グレーで。就活は大体が黒だから、やっぱり必要かなって。ねえ」
最後の「ねえ」は父親に向けられたものだ。父親は無反応で運転している。
はあ。さいですか。
理解は出来たし、納得もした。てか、俺の考えが足らなかった、と気付いた。
意味不明なのはたったそれだけの事を言うのに何でそんな仰々しい素振りが必要だったのかだ。
車が、先程父親が店名を挙げた服屋を素通りした。
「あ、ちょっ、なあ通り過ぎたけど……」
また両親が凍った。母親がひそひそ父親に耳打ちする。
……何なんだろう、まるで俺が理不尽な我が儘を喚き散らしているような扱われ方は。
母親がまた遠慮がちに、
「渋滞してたから、今日はやめときましょうって」
……はあ。さいですか……。
家に帰り着くまで、気まずい空気が消えなかった。
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