1章

2 夏夕べ

 灼けるような夕陽が一面の稲穂に這った。車道の両側から山のふもとまで伸びる、実り豊かな田んぼ。


 舗装道路の白線の端を縫うように、一組の少年と青年が歩いていた。彼らの進行方向の真横から西日が差している。


 彼らは時折ガードレールに阻まれて道路の外に出たり内に入ったり蛇行しながら、土や肥料の臭いに鼻をつまんだり不意に流れる夜風の気配を捕まえたりした。




 本田ホンダ太陽タイヨウの視線は、迷いのない足取りで先を進む彼をぼんやり辿った。


 彼はタイヨウより頭二つ分も背が低い、まだほんの十二才。

 日本人にしては色素の薄い猫っ毛が夕日に透かされチラチラ光る。


 彼は立ち止まり、朱色の西日に背を向けた。あどけなさを残す横顔に濃い影が落ちる。


「――分断されてるとさ、なんか安心する」


 呟きの意味が判らない。


 彼は「ん」と顎をあおった。示す先はガードレールだ。


 ――ああ、分かった。


 分断されていたのはタイヨウたちの影だ。

 腰から下はガードレールに人型の影が残り、上半身の影は田んぼの穂に落ちて歪に揺れた。


 この場で自分たちの実存を示す、暗い影。


 そんなものに目を留めるのは、感傷的になっているからか。


「安心すんの……?」


 タイヨウが間を繋ごうと、それだけのために聞き返す。


「これが、ほんとのボクの、ありさま」


 ありさま。有様。


 その言葉の真意は分かる気がする。


 彼が半分は人間でない事はとっくに知っていたから。


 それなら、その台詞は彼が人間でない事に起因して発せられたものなんだろうか。

 もし完全な人間だったらその台詞を口にする発想すら出なかったのだろうか。

 もし彼が人間だったら、彼は彼でなかったのか。


 無意味な問いを頭の中で繰り返すのは、多分、夕焼けが馬鹿みたいに綺麗だからだ。

 夕焼けの綺麗さを、人類が言い尽くしてしまったからだ。





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