9 凡才

 全力で逃げたはずのタイヨウは呆気なくトキコに捕まった。


 トキコは片手に開いた日傘を持って走りながら余裕の表情だった。

 体力では十九才浪人生より、カマキリ人間が勝るらしい。そんな事実知りたくなかった。


 市役所に近い駅前の大通り。祝日の昼間にしては人気ひとけがない。

 もう少し先に行けば商店街の入り口に着くところで、トキコに腕を掴まれる。

 タイヨウは既に汗だくだった。


 隣に並ばれて「ほら」と宥められ、散歩のペースでトキコが歩き出すから、これ以上駄々を捏ねるのは気が引けた。


 タイヨウは半分不貞腐れたポーズを取りながら、半分観念した。俯いて拳を握ったり開いたりしながら、突き放すような口調で切り出す。


「……ネットであんじゃん、ほら、無料の心理テストみたいなん」


「それが?」


 トキコは聞く気満々のようだ。


「どこのをやっても俺、思考に柔軟さが足りません、創造性が一切ありません、って結果が出んの」


 タイヨウは、こんな奴が物書きになれるわけないよな、と続けようとした。文学部とか目指すべきじゃないよな。無理だよな。


 けれど、その前にトキコの言葉が滑りこんだ。


「ええー、いいなそれ。てことはさ、創造性のない人間マスターしてんじゃん。お墨付き貰ってんじゃん?」


 お墨付き、なんて難しい言葉を今時の小学六年生は使うのか。


 タイヨウは、トキコのつむじを見て、それから「…………そうか」と呻いた。


「……俺、創造性のない奴の話、書きゃいいんだ。創造性のなさを突き詰めて、自分に問い詰めて、自分のことを書きゃいいのか」


 失礼すぎるトキコの言葉に、逆に背中を押された気がした。


 創造性のない、面倒臭い人間が一人、ここにいるじゃないか。他の誰より既に知ってる人間が。


 文才なんて微塵みじんもないけれど。言いたい事がいつも上手く言葉にならないけど。

 そんな人間を書いても面白くないかもしれないけど。





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