2章

12 子落とし その2

 ほんの気まぐれに寄った靴屋で、子供用ブーツを買ってやった。

 息子の母親――俺の妻が居た頃はこういうものばかり集めていたと思い出したからだ。


「ほら見てみろ。かっこいいだろぉ。な。ちょっと大きめにしたんだぞ。なるべく長く履けるように。

 お前はこれからずっと人間として生きていくんだからな。


 学校に履いていくだろ? 全員ダサい運動靴なんだから、それ見せたらみんなに羨ましがられるな!」 


 息子は喜ぶと思った。だが、表情を一瞬曇らせた。

 父親の気遣いを汲み取ろうともしないのが見て取れた。


 ――――。


 裸足で踏んだことがせめてもの配慮だった。緩く拳を握った息子の手がくしゃりと潰れた。


 言い知れない興奮が腹の中に渦巻いた。


 冷静な目で見上げられた。


「大丈夫? お父さん、何かしんどい事あった?」


 急に胸が痛んだ。


 加害と被害が逆転していた。まるで、ずかずか心の内部を侵略された心地で俺は慄いた。


 足を再び振り下ろしたのは、息子を見てのことではない。


 息子は悪くない。むしろ自分の中の得体の知れない恐怖と高揚に打ち勝ちたかったからだった。





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