7 子落とし その1

 熱帯雨林。

 僅かな日光を貪ろうとしたツル科の植物が四方八方にうねり、葉を広げ所狭しと隣り合う常緑高木同士を繋ぐ。

 熱帯の植物に覆われた地上近くは薄暗い。


 息苦しいほど気温も湿度も高く、めったに人の立ち入ることのないような場所に、しかしその少女はスカートの裾野を広げ、座っていた。


 自然に伸びるに任せた長髪が、スカートにひらりと散っている。母譲りの、色素の薄い肌。


 膝の上を虫が登り、降りる。蟻が手の甲を腕を登り、頭へ。頭頂から滑り落ちるように髪に潜り込む。

 楽しげに、されるがままになっている少女。


 日傘ヒガサ凡子ナミコ

 ここでは名を呼ぶ者はいないが、少女は本名を忘れていなかった。


 ナミコの背後に影が差した。


 触角の先から腹の終わりまで人間の二倍の体積はあるハナカマキリだった。


 仄薄く桃色を纏った、滑らかな体表。

 生えそろった鋸の刃のような鋭い鎌にそれぞれ挟まれているのはハチドリだ。


「お母さん!」


 少女は振り返る。

 グルーミングを終えたハナカマキリの――母の鎌をうっとり眺めた。


 ナミコは彼女自身の腕の鎌を、一回り大きな母の鎌へと擦り合わせた。


 母は優しく抱き留め、ナミコの腕の、人間の皮膚とカマキリの鎌との継ぎ目に嚙みついた。

 彼女は静かに、豪奢な白金の王冠を被ったような母の頭を見下ろした。


 母は兄でなく、ナミコを選んだ。きっと兄はそう思っているのだろうがナミコは真逆に考えた。


 人間の世界で生きていくことは難しい。そんな試練をあえて与えられたのは、それに耐え得ると母が期待したから。


 四面楚歌……羨ましいなあ。


「……ブツッ……!」


 母は愛情深く、娘の腕の鎌を食い千切った。





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