22 叶う

 タイヨウはやっとトキコに追いついた。


 何とかトキコの気を引いて振り向かせようとするあまり、いつかのやり取りが思い出された。


「夢なんて叶わないよっ! トキコがそばにいて励ましてくれなかったら俺のやる気も持たないよ!」


 多分、叶わないというか、本当は誰も理想の自分には敵わないんだ。それを押し上げてくれたのがトキコだったのに。


 趣味なのだから趣味として楽しむほうが楽しい。けど挑戦してみたい。文章を紡ぐ事に本気で向き合いたい。平凡な自分を書き出してみたい。


 そう思い始めたばかりなのに。


 トキコがゾッとするほど無機質にさえずった。


「無理だよ。夢を叶えないなんて、人間にはできないよ」


 ――ああ、やっぱりな、やっぱり夢なんて……。


「ん? 何て言った?」


「夢を叶えないなんて出来ないって言った。人間は心が弱いから。夢に縋らないで生きられるほどたくましくなれないから」


 それは理論が破綻しているだろう、と言いたかった。「夢なんて叶わない」に同意してくれた方が、楽に失望できそうなのに。


 トキコ視線が注がれる先が定まらないように見えた。

 いや、複眼のカマキリらしい複雑さを宿して、全部を見ているように思えた。


「人間は、一度夢見た事をなかったことになんか出来なくて。違うかたちに解釈し直してでも、叶えようとするんだと思う」


「違うかたち?」


「んー、野球選手になりたかった子供が、体育教師になって部活で野球を教えるみたいな? あとは、親になってから昔の自分の夢を子供に押しつけたりとか」


 昼間トキコの自室を覗いた時、本棚にぎゅうぎゅう詰めになりそれでも溢れて床に積み上がる参考書の山が、窓から吹き込んだ風に揺らいだのを思い出した。


 ――そうか。


 あまりに呆気なく、腑に落ちた。


 ――人間は夢を叶えずにはいられないのだ。どうやっても、何をしても、願ってしまうんだ。


 トキコはバイバイの代わりに言った。


「タイヨウが夢を叶えた姿を楽しみにする。どんなかたちであれ、ね」


 タイヨウは諦めるしかないことを悟った。


 仄白ほのじろけぶったような夜空に、雲が点々と縫い留められていた。


 トキコは、カマキリの健脚をたわめて飛び上がった。ふわりと身体が浮き上がる。

 重力に従って落ち始める直前に翅を広げた。


 鮮麗せんれいな跳躍だった。


 路肩に広がるくさむらに、一匹のカマキリが意気揚々と飛び込んでいった。

 一瞬遅れて生温い夏風がタイヨウの頬を湿らせた。





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