21 鎌

「タイヨウ、ボクやっぱり帰る。宿題するの忘れてた!」


 タイヨウが引き留めようと手を伸ばした。それを遮断するように素早く次の言葉を紡いだ。


「今日はありがとう」


 人は誰も他人なんか助けてくれないものだから。自分で助かるしかない。ましてや自分は人ですらない。


 唐突に、トキコの身体がミシミシと音を立てて変化した。カマキリだ。


 だが、普段のそれと異なることに気付いた。

 トキコは自分の変化に目を見張って、後退りした。


 鎌がある。武器がある。人間の頭部を挟み込んでも長さが余るほど巨大だ。

 これは簡単に人を傷つけられる代物だと、瞬間的に知った。


 鎌の先は鋭く尖り、屋外にある玄関灯に重たく反射した。


 トキコの変化を――内面の変化も含めて――、タイヨウが直感で悟って「待って……!」と叫んだ。


 さっきは良心的な庇護欲に突き動かされた目をしていた。しかし今はむしろタイヨウから懇願するような響きだった。


 トキコは一瞬鎌を振りかざして――優美に折り畳んだ。


 そこでようやく、タイヨウの母親が事態を認識し、悲鳴を上げて腰を抜かした。


 踵を返し、家を飛び出した。タイヨウが追いかけてきた。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る