14 子落とし その3
俺はキリンの絵がプリントされた幼児用の食器に煙草の先を押しつけた。
現役を引退したプラスチック製食器は今や灰皿に身を
煙草の先を押しつけてねじくる。ほろりと灰の形が崩れる。
五、六本が薄く張った水から飛び出している。まだ五、六本。
息子が帰ってきた。
ああ、そうだ、晩飯――。
俺は夕飯の支度を忘れていたことを思い出した。愛する息子を飢えさせるわけにはいかない。
ランドセルを置いた息子が買い物袋の中身を食台に並べて、台所に入ろうとする。
それを俺は押し止めた。
「父さんご飯作るよ。お前は勉強でもしてなさい」
「ほんと?」
息子の頬に赤みが差し、瞳が輝いた。居間の薄汚れた蛍光灯がカチカチと瞬いた。
勉強をしなさい、と言ったのに息子は一向にそうしようとせず、料理する俺の手元を何度もしつこく覗き込んだ。
油が跳ねて危ないというのに、俺の腹に抱き着いたりした。
俺はケチャップライスを作った。
盛りつける時、つい誤ってキリンのお椀に入れてしまった。
灰皿代わりにしていた、キリンの絵柄の食器。息子の大好きなキリン柄。
――昔、息子は幼稚園で意味も知らず自慢して回っていた。
「ボク、キリンジなんだって」
麒麟児。息子の母親――つまり妻が事あるごとに吹きこんだ言葉だ。
食事を食台に運んで、息子の前に置いてやる。おこげつきのケチャップご飯から立ち昇る湯気と煙草臭。
息子は喉をひくりと鳴らした。上目で俺を窺ってくる。
俺は
「どした? ほら、いただきますして? 冷めないうちに食べなさい」
息子は手を合わせ、いただきます、と小さく口を動かした。
息子がスプーンで掬うとケチャップの赤から白い煙草の先がにょきんと生えた。彼はほんの少量のご飯を口に入れた。
「美味しいか?」
俺は訊く。
「うん。美味しいよ!」
息子は強張った笑顔で、もぐもぐと大袈裟に
俺は腹の底からムカついた。あからさまな演技に、そんなんで騙されると思うのか馬鹿にすんな、と苛立ちが沸騰した。
息子の髪を掴んで椅子から引きずり下ろした。
「……っごめんなさいっ……父さんごめんなさい……嘘ついてごめっ……すみませんでしたっ……」
何が悪いか分かってるんじゃないか。最初から分かってたくせに、嘘を吐いたのか。
息子の半身が醜い化け物になっていた。昆虫じみたグロテスクな姿。息子は身の危険を感じると姿を変化させてしまう。
堪え性がない証拠だ。俺が教育し直してやらなきゃいけない。
俺は父親としての使命感に燃えていた――それが
「おい何だその顔! 嘘を吐いたら駄目なんだよ。今分かってるのに嘘吐いたよな? なあ! おい謝れば済むと思ってんのか」
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