第4話 楽しい外回り

 同期飲み会があった翌週の月曜日、サラさんは直行直帰で終日不在だった。

 カメさん曰く、葵祭が終わった直後ながら早くも祇園祭の準備が始まるらしい。


 で、俺は終日カメさんとダベっていればいい……なんて事は流石になく、なんと早くも初めての外回り仕事を申し付けられる。

 それも、サラさんを追いかけて同行するのではなく、いきなり単独でのクエスト。


 内容的には書類の受け取りと様子伺いだけとのことだったのだが、指示書の末尾には少し気になる記載があった。

 それは『必要に応じて異能の使用可』というもので……すなわち、個人レッスンが一段落するまで使用禁止が申し渡されていたはずの【手長足長】が解禁される事を意味している。


 ……戦闘よりもリモコンだのティッシュだのを取るのに適していた俺の異能は、果たして何らかの進化を遂げているのか?


 ……単なる定例的な連絡業務と思しきクエストに、果たして如何なるイレギュラーが想定されるのか?


 そんな同量の期待と不安を胸に、俺は地下鉄と私鉄を乗り継いで訪問先へと向かった。


     ◇


     ◇


 桂川の西側に位置する本日の訪問先は、酒の神を祀っている事で有名な神社。


 その境内には土産物屋に併設された資料館があり、そこに展示されていた巨大な酒樽の中は『特殊事案特別対策局』の管理ダンジョンの一つに繋がっていた。


「おや、今日はあの方じゃないのか。見たところ、入ったばかりの新人さんかね?」


 洞窟の前庭のような空間で俺を出迎えてくれたのは、神職の装束を纏った中年男性。

 見るからに優しそうな人物で、俺は少し緊張を解きつつ挨拶と名刺交換をする。

 ……どうやら、宮司さん直々に応対してくれるらしい。


 その流れで、指摘どおり入ったばかりの新人であることも告げると、彼は何もかも理解したという風に鷹揚に頷いた。


「じゃあ、折角の機会だから、君たちの仕事を支える現場を見学していきなさい。もし時間があるなら、そのあと頼みたい事もあるのでね……」


 ここがポーション的な『御神酒』の生産施設なのは移動中に資料でチェック済みだが、普通の酒蔵と比べて何がどう違うのかは少し気になるところ。

 ……もちろん、頼みたい事とやらのほうも大いに気になるが。


 ともあれ、俺は先行く宮司さんの背を駆け足で追って、酒精の匂い立ち込める洞窟に足を踏み入れた。


     ◇


「まぁ、身も蓋もない言い方をすれば、特別な米を特別な場所で醸造すると『御神酒』になる。醸造方法自体は普通の日本酒と変わらんが、それでも初めて見ると驚くだろう?」


 そう言って振り返った宮司さんの背後に広がっているのは、いつぞや伏見で見学した酒蔵とそっくりな空間。


 年季の入った木板張りの床に巨大な桶がズラリと立ち並んでいるのも同じ。

 ただし、それに櫂入れするための人員は一人も配置されておらず……その代わりに、櫂自体が勝手に動いて作業を進めている。


「マジックアイテム……いや、いわゆる『付喪神』ってやつですか?」


 そんな問いに正解だと答えた宮司さんは、傍の椅子に俺を招いて賞品の出来立て『御神酒』を注いでくれた。


 加水していない原酒のようなので結構キツそうだが、これも仕事と思って一息でお猪口を空にする。


「……ご覧のとおり、ウチは年中フル稼働なんだ。いや、新人の君に言っても仕方ないんだが、中央のほうから常に増産をせっつかれていてね。あの方が間に入ろうとしてくれているものの、最近は毎朝ゾッとするくらいメールが届いていて……」


 一方、宮司さんのほうはあまり酒に強くないらしく、俺の返盃を飲み干すと溜息混じりの愚痴を絶え間なく漏らし出す。


 最前線に立つ中央組織では回復薬の需要が大きいのは分かるが……まぁ、地方組織所属で新人の俺に言われても、本当にどうしようもないな。


「……実はね、私は婿養子なんだよ。たまたま【地鎮祭祀】の異能を持っていたものだから、半ば強引にお見合いさせられてね。いや、嫁さんは美人なんだけど、気が強いのと私より異能が強いので随分と肩身が狭くて……」


 普段ここの担当はサラさんなのだから、きっとこんな話はできなかったのだろう。

 ……とはいえ、この絡み酒に付き合うのは果たして業務のうちなのだろうか。


 まぁ、酒蔵見学のほうは今ざっと見ただけで十分なので、とりあえず俺は彼の気が済むまで飲ませることにする。


「……私はね。親の跡を継いで田舎の神主するので満足だったんだよ。年一度のお祭りのときなんかに、子供たちのはしゃぐ様子を傍で見ててさ。こんな中間管理職みたいな人生、私には向いてないんだよっ……!」


 やがて床に座り込んでしまった宮司さんの懐からは、ホチキス止めにされた紙の束が覗いていた。

 ……うん、とりあえず進捗報告書だけは受け取っておくか。


 そう思った俺がそっと手を伸ばすと、急に跳ね起きた宮司さんが爪を立てて腕を掴む。


「……そうだった。君に『泥に塗れる覚悟』はあるかね?」


 ぶはっと酒臭い息を吐いた彼の瞳は、深い深い闇の色に染まっていた。


     ◇


     ◇


 この管理ダンジョンにはさらなる深層があり、そこで行われている仕事を俺にも手伝ってほしい……というのが、宮司さんが意識を失う前に告げた台詞の要旨だった。


 彼に言われたとおりに空の酒樽へと飛び込むと、その先は洞窟タイプではなく湿地帯タイプの広大な階層。

 頭上も岩肌の天井ではなく、抜けるような晴天が何処までも続いている。


 まぁ、端的に言えば……酒米作りのための田んぼだったわけだ。


「本っ当に、もう……ウチのお父さんがご迷惑をかけてごめんなさい。腰の調子が悪いのは仕方ないけど、だからって取引先の方に甘えるだなんて……」


 そんな風にプリプリ怒りながら俺と共に田植えするのは、高校から帰って来たばかりの娘さん。

 宮司さんが酒蔵に行ったきり中々帰って来ないため、様子を見て来るようお母様に頼まれたそうだ。


 ……ちなみに、その際に宮司さんの農作業着を持って来てくれていたので、俺の自前のスーツは泥に塗れずに済んでいる。


「いえいえ、お気になさらず。まだ新人ですから何でもやらせていただきますし、こうして異能の練習にもなっていますので」


 本来、この特殊な苗は素手で植えなければ即座に枯れてしまうそうだが、俺は【手長足長】も併用して二倍速で作業を進めている。


 ……娘さん曰くテレキネシスでは多分無理との事だったが、異能解禁の意図はコレだろうと思って試してみたら枯れなかったのだ。


「それなら良かった、本当に助かります。はぁ、全く……せっかく部活を休んでダッシュで帰ってきてあげたのに、お父さんったら昼間っからベロベロに酔っ払っちゃって……」


 延々とボヤいている娘さんはお母様から巫術系の異能の才を色濃く受け継いでいるらしく、幼い頃から家の仕事をよく手伝わされているそうだ。


 ……お母様の容姿も色濃く受け継ぐ今風美人なので、是非いつか巫女服姿も見せていただきたいものだ。


「はぁ……やっぱり、ウチの仕事を継ぐの辞めよっかなぁ。べつに嫌やないけど、お父さん見てたら色々と心配になってくるし。でもなぁ……小っちゃい頃から修行頑張ってきたのに、今更フツーの就職目指すのもなぁ……」


 どうやら彼女はお父様のボヤき癖も受け継いでいるらしく、初対面の俺に対して赤裸々な進路相談をし始める。


 まぁ、こうやって得意先の方々のメンタル面をケアをするのも、きっと『特殊事案特別対策局』の業務のうちなのだろう。


 ならば……


「……だったら、ウチに入局するという道もあると思いますよ? 高校卒業時にどんな採用状況あは分かりませんが、修行したことは十分活かせるでしょうし。それに、関西支局への配属なら御実家から通えますから……」


 局長特別補佐の俺はプラスアルファの成果を出すべく、独断にて将来有望なJKに唾を付けておくことにした。


 ……もちろん、他意などない。

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