第3話 同期飲み会
午前中は気の良いオッサンとダラダラお喋り、昼休みは美人上司の手作りランチ。
のち、定時までドキドキ個人レッスン。
そんなめくるめく日々が二週間過ぎた週末の夜に、俺とアズサとイオリ……すなわち新入局員の三人は、久々に集まって飲みに行くことになった。
……ちなみに、特別オリエンテーションの期間は完全に昼夜逆転していたため、メシじゃなく飲みは何気に初めてだったりする。
四条木屋町に集合ののち、煮野菜が売りのオシャレな居酒屋の半個室に腰を落ち着けると、それぞれが思い思いのドリンクを頼んで乾杯。
全員の希望を全採用したツマミが揃ったところで、支局の貸し出し備品にあった音響結界のマジックアイテムを起動する。
そして、そこからは世間の新社会人たちと全く同じように、各々の仮配属先のアレコレについて話し始めた。
◇
◇
「残念ながら、私はまだ奥の院の『天狗』様には会えていません。第三の山門を守る高弟の方が大変に厳しくて、何度試練に挑戦しても全然合格を貰えないんです」
そんな愚痴で口火を切ったアズサは、少し赤くなった頬を膨らませつつ煮トマトを箸で突き崩す。
奥の院まで一体いくつの山門があるのかは知らないが……ともかく、修業の進捗が思わしくなくて少し自信を無くしているらしい。
「でもさ、たった二週間しか経ってないのにオーラは半端なく増えてるよ? たぶん、空手の日本代表クラスと同じくらいじゃないかな」
俺にはイオリみたいに立ち上るオーラは見えないものの、彼の言葉に頷いて同意する。
傍にいるだけで感じる存在感のようなものが、先日のそれとは明らかに違うのだ。
……ついでに言えば、肌艶も良くなって以前より可愛くなっている気もする。
「そっちの修業が行き詰まってるんなら、妖精探しのほうを頑張ってみるのは? 森の中をのんびり散策してれば、とりあえず精神的にリフレッシュ出来そうだし」
アルコールも相まって少し動悸が激しくなってしまった俺は、彼女をじっくり見るのは止めて話題を変えてみる。
すると、彼女は何やら一気に不機嫌になってしまい、梅酒のグラスを置いてカーディガンの片袖をグイッと捲り上げた。
「……妖精は、もう見つけましたよ。幸い、すぐに仮契約もしてくれたのですが……アイツは集団的無意識の悪影響を強く受けているので、本契約は敢えて保留しているんです」
照明の下に突き出された彼女の細い手首には、細い銀色のバンクルが輝いていた。
それには小さな緑色の宝石がいくつか埋め込まれていて、そのうち一つには揺らめく小さな光が灯っている。
……どうやら、これが仮契約の証らしい。
「まさか……本契約して力を借りようとしたら、Hな変身シーンでも強要されるとか?」
イオリが口笛を鳴らしつつ軽口を叩くと、修業により増大したオーラが剣山のようになって彼を刺し貫く。
……どうやら、大正解だったらしい。
◇
「ウチは特に面白いことはないかなぁ。忍術修業って言っても、メインは普通の科学的トレーニングだしね。ただ、ノンアルの『御神酒』を無理矢理に飲まされて、一日に何度も超回復させられてるけど」
一番お高い日本酒を煽ったイオリの台詞は愚痴そのものではあったが、その顔にはむしろ充実感のようなものが浮かんでいる。
それもそのはず、オーラどうこう以前の話として、彼の身体は以前とは見違えるほどゴツくなっているのだ。
……こいつ、アズサに筋肉アピールしたいがために、わざと小さめサイズのロンTを着てきやがったな。
「へぇ、これは凄いですね……ところで、いつも軍隊の方に囲まれているのって、精神的に辛くないですか? 体育会系のノリに慣れているとはいえ、もっと厳しいでしょう?」
残念ながらゴツいのは好みではないのか、アズサは申し訳程度に胸板をツンツンしてから直ぐに話題を変えてしまう。
すると、イオリはトウモロコシの天ぷらを口に放り込んだあと、少し悩ましげな顔をしてソファに深く身を沈めた。
「厳しいってか、ちょっと暑苦しいね。可愛がってはもらえてるけど、しつこく『ガーデンキーパー』に勧誘してくるのと、サイボーグ化して手っ取り早く強くなれよっていう提案が……」
……こんなにも早く同期に辞めてほしくはないし、同期に人間を辞めてほしくもない。
俺はアズサに言い聞かせるように彼の筋肉を褒め称えつつ、慌てて話の流れを変える。
「ほら、忍術のほうはどうなんだ? メカメカしいボディより、絶対ソッチのほうがカッコいいって。せっかく生命エネルギーを吸収できる異能に目覚めたんだから……」
そう言った途端、ともにテーブルを囲む二人の視線が揃って俺に向かった。
◇
「……いやいや。生命エネルギーどうこう言うならさ、タクマの身体のほうが絶対に妙な事になってるよね?」
「……えぇ、全く。私も集合場所にいたタクマさんを見て内心驚いていたのですが、あの佇まいは完全に達人のそれですよ?」
もちろん、彼らが追求する俺の変化というのは、昼メシと個人レッスンの影響が定時後にも残っているからに過ぎない。
ただ、日々真っ当に修業している彼らに対して、正直に説明をするのは憚られるし……何より、詳細まで説明する流れになれば、俺の醜態を知られることになる。
なので……
「……あんまり二人と差がつくのは悔しいからな、サラさんに直訴して特訓してもらってるんだよ。内容を詳しく話すわけにはいかないんだが、当然キツいしリスクもある」
誤魔化しモードに入ると決めた俺は、アボカドカクテルを軽く揺らしながら意味深な顔を作った。
悔しいのは嘘だし直訴したのも嘘だが、特訓してもらっているのは本当。
特訓の内容は口止めされていないがメンタル的にキツいのは本当だし、リスクは……多分そんなにないはず。
「…………」
「…………」
元刑事たるカメさんから教わったテクニックを使って虚実を織り交ぜてやると、二人は狙いどおり真面目顔で黙りこくってくれた。
……が、これはちょっと我ながらヤリ過ぎだったかもしれない。
そんな罪悪感に苛まれた俺が、さらなる誤魔化しを重ねようとするも……それより先にイオリが口を開いた。
「……あの人、べつに悪い人じゃないとは思う。でも、あんまり信頼し過ぎるのはマズいんじゃないかな?」
◇
イオリの言わんとしている事は、今の俺ならば十分に理解できる。
これも個人レッスンの成果の一部なのか、イオリほど明確ではなくとも俺にも他人の気配のようなものを感じられるようになりつつある。
そして……サラさんのそれは、威圧的な強さは一切ないものの、欠伸をしようがクシャミをしようが異様なまでに常時不変だった。
何というか、もはや人間とは次元の違う生き物のような……
「先日、私のところに様子を見に来てくださったのですが、応対した方々の態度はかなり異常でした。敬意でも嫌悪でもなく……何というか、畏怖に近い印象を受けました」
アズサがそうポツリと漏らすと、イオリのほうもウンウンと頷く。
……外回りのついでかもしれないが、サラさんは二人の事もちゃんと気にかけていたらしい。
まぁ、二人が彼女に底知れぬ不安を覚える気持ちは分からなくもないが……直弟子の俺としては、やはり師匠のことを擁護しなければならないだろう。
「おっかない人なのは確かだろうが、優しい人なのも間違いないと思うぞ? こっちが怖がらないよう、常に気を遣ってくれてる感じがするしな。だから、俺もそんな心配かけないくらいの存在になりたいなぁ、と……」
いつしか誤魔化しモードから本音モードになっていた俺は、二人がニマニマと笑っていることに気付いて大後悔する。
マズい、いくらなんでも最後の台詞は……
「……恋、ですね」
「……ガチ惚れだね」
空のグラスで乾杯する二人を恨めしげに睨みつけるも、彼らは俺のぶんのお代わりも勝手に頼んで大盛り上がりし始めやがる。
……あれだけ一緒に過ごしていたら、そんな気分になっても仕方ないだろうが。
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