第3話 夢から醒める悪夢
かくして身体の隅々まで清めた俺たちバイト二人は、バイトリーダーたるパイセンの車に同乗して移動することになった。
……自分の車はスーパー銭湯の駐車場に残して行く形になるが、温泉に入ったあと再び風呂に入る予定だから勘弁してほしい。
パイセンの愛車は真っ赤なアメ車のコンバーチブルで、傍若無人にもルーフ全開のまま楽園の地を目指して初夏の夜風を切り裂く。
そして、煉瓦造りの壁に囲まれた宮殿のような建物に到着すると、パイセンは黒服の老紳士にヒョイと車のキーを投げ渡した。
……間違いなく、上客の常連ムーブだ。
一方、俺もイオリもこの手の店に入ること自体が初めてで、勝手知ったる様子でスタスタと進むパイセンに遅れぬようにするので精一杯。
フロントでの遣り取りなんかも全部パイセン任せにさせてもらい、ふと気づけば……俺たちは高級バーのような内装の待合室でソファに身を沈め、イイ匂いのするお絞りで何度も手汗を拭っていた。
◇
◇
タイミング的な理由からか、あるいは料金的な理由からか。
待合室には俺たち以外の客はおらず、黒服がタブレットを三つ置いて退室すると残ったのは身内だけとなった。
「……まさか、ドレスコードがあるとはね」
「……あぁ。世界って、本当に広いんだな」
バイト内容が不明だったため俺もイオリもスーツを持参しており、スーパー銭湯を出発する前に着替えてあるのだが……さすがに、このゴージャスさは予想の範疇を遥かに超えていた。
雰囲気に流されてオーダーしたブランデーにはまだ手をつけていないが、たぶん相当お高い味がするに違いない。
「ははっ、今のお前らの稼ぎなら普通に来れるだろうが。とはいえ、二人とも遊び慣れてねぇようだから……そうだな。ここは一丁、俺がお相手を選んでやろうじゃねぇか!」
そう言ったパイセンは即座にタブレットを全て確保し、俺たちから画面が見えないようにして楽しそうに高速スワイプし始める。
……おそらく、コレがやりたかったがゆえに、俺たちを誘って温泉に来たのだろう。
まぁ、今更スポンサーの機嫌を損ねたくはないので、俺たち二人は彼の目利きを信じて待つことにした。
◇
「イオリのほうは、と……清楚系でスレンダーな、黒髪ロングの同世代でいいよな? そんで、大人しそうな娘と気の強そうな娘だったら、どっちがお前の好みなんだ?」
先にスポンサーの玩具にされ始めたのは、普段から積極的なアピールの姿勢を隠さないイオリのほう。
すなわち、今の質問が意味するところは、アズサのお淑やかな面と芯が強い面のどちらが気に入っているのかということだ。
……ヤバいな、何だか俺も楽しくなってきたぞ。
「で、タクマはだな……ちと難しいな。肌を焼いてる娘か、巨乳のお姉様系か、思いっきり女王様系か……まぁ、あんなのはココにはいねぇから、このどれかで妥協してくれや」
しかし、次の槍玉に上がるのは当然ながら俺であり、そして明確にアピールはしていなくてもターゲットは悟られているらしい。
……しかし、パイセン的には女王様系に映っているのか。
ともあれ、そんな具合にしばらくアレコレと話し合い……熟慮に熟慮を重ねた末、俺たちはそれぞれの最終結論を捻り出した。
「……僕は、肌を焼いてる巨乳のお姉様で」
「……俺は、とにかく滅茶苦茶エロい娘で」
◇
最後に、パイセンは悩むことなく自分のオキニらしい娘を指名。
そして、果たして誰が最初に案内されるのかとドキドキしながら待っていたとき……突如として、それは起こった。
「……っ?!」
単なる耳鳴りとは明らかに違う、まるで遠方で鳴り響くサイレンかのような幻聴。
一瞬、期待と興奮が高まり過ぎたせいかと思うも、隣のソファでは何やらイオリも妙な顔をしている。
……何だか、露骨に嫌な予感がするぞ。
「おいおい、マジかよ……」
向かいのソファで額を押さえているパイセンにも同じ症状が現れているようで、個人の不調などが原因ではないと確定的になった。
と、なれば……バイト絡みで何か想定外のトラブルがあったに違いない。
案の定、脳内でサイレンが鳴り響いてからパイセンのスマホは震え続けており、俺とイオリは視線で事態の説明を求める。
すると、実に言いにくそうな口振りで告げられたのは……
「……今、頭に響いていやがるのは、俺の古巣からの緊急信号だ。1分もすりゃ収まるはずだから、お前らは気にせず遊んで来いや」
いや、まぁ……このまま放っておいても頭が爆発しないのは結構だが、緊急事態だと聞かされて気にならないはずがない。
どうも一人で対処するつもりらしいパイセンを前に、俺とイオリは互いの意思を端的に表明し合う。
「……残念だけど、僕って集中できないと駄目になるタイプなんだよね」
「……俺は大丈夫なタイプだが、この状況で遊んでられるほどゲス野郎じゃないぞ」
パイセンの日頃の行いへの天罰なのか、あるいはゲスい話題の餌食になった女性二人の祟りなのか。
いずれにせよ、すっかり邪な欲望に支配されていた俺たちは、三人揃って楽園の地から追放されることになった。
◇
◇
パイセンが待機場所にあの店を選んだのには適正な理由もあったようで、俺たちが向かう先は楽園の直ぐ裏手から伸びる岬だった。
車で移動するほどの距離でもないので、空き地から続く林の中を駆け足で進む。
「一体どこだよ、下手打ちやがったのは……はぁっ、何で『魔王』が出現してやがるんだよ?! で、周囲の『軍勢』の数は……」
「事前調査の担当は……そうか、いつものアレか。あのネーチャンに任せときゃ、きちんと察知してくれたはずなのに……クソが!」
先頭を行くパイセンは同時に状況確認もしてくれており、スマホを耳に当てたまま何度も怒声を上げている。
……先ほどの緊急信号は『とりあえず一旦集合』くらいの意味しかないとのことだったのだが、到底そんなヌルい雰囲気ではない。
「何だと、わざと琵琶湖を縦断させちまうってことは……なるほど。沿岸到達までの時間を稼いで、なるべく『軍勢』を削るわけか」
「それで、人員の配置は……ははっ、どこも考える事は一緒ってか。それだけ無駄に頭数が揃ってりゃ、抜かれる心配までは不要か」
断片的な情報から察するに、事前調査に不備があったせいで当初の作戦は完全に破綻。
湖北の竹生島に『スタンピード』を誘引して丸ごと迎え撃つのではなく、湖南方面に向かわせている間に主力以外のモンスターを削る作戦に変更されたようだ。
しかし、そうなると……
「人口が多いエリアだし、情報の隠蔽が大変そうだな。水上に防衛線を引くだろうから、直接的な被害は出ないと思うが……」
「……となると、水上でのバトルになるね。僕はまだ『水蜘蛛』も『ジェット・スラスター』も使えないんだけどな」
俺とイオリの懸念は全くの別方向だが、いずれも無視できない重大な問題だ。
もちろん、対応策は十全に練られていると思うが……ここまで急な作戦変更に、一体どこまで耐えられるのだろうか。
……『水蜘蛛』はともかく、『ジェット・スラスター』って何だ?
◇
左手にホテルの灯りを臨む岬の突端に辿り着いた頃には、パイセンによる状況確認のほうも終わっていた。
背筋を伸ばして整列する俺たちに向けて、パイセンは憂鬱そうにバイト内容の詳細を説明し始める。
「あー、大体の話は聞こえてただろうが……簡単に言えば、当初の誘引作戦は失敗した。思ったよりも『スタンピード』が厄介なタイプだったもんで、雑魚の一部をココで受け持つ事になったわけだ」
先ほどは『魔王』なる不穏なフレーズも聞こえていたが、ただダルそうなだけの様子からして琵琶湖崩壊や滋賀県民滅亡の危機ではないらしい。
……そういうのは、『邪神の王』だとか『旧支配者』だとかのランクなのだろうか。
「ま、強さ的には俺なら基本ワンパンだろうが、数のノルマがちょいと面倒臭くてな。バックアップとして控えてる『明王護国衆』を呼んでもいいんだが……俺としては、お前らにイケる所まで手伝ってほしいと思ってる」
相変わらずダルそうな態度を崩さないながらも、パイセンは俺たち二人に真剣な眼差しを向けてくる。
最悪、ピンチになれば救援を呼べばいいわけなので、生命の危機がない状況で経験を積めるのは俺たちとしても有り難……
「でないと、今回の報告書は『明王護国衆』の連中が出すことになって、俺たちが何処で待機してたのかが公的な記録に残って……」
……肉体的生命は懸かっていなくても、社会的生命は懸かっているのかよ?!
もはや最後まで戦い抜く以外には許されない状況に、俺とイオリは決死の覚悟で準備に取り掛かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます