第4話 楽園の守護者たち

 変更後の作戦は以下のとおり。


<目的>

 琵琶湖中央最深部、国内最大規模ダンジョンで発生した『魔王の軍勢』の撃破殲滅


<方法>

 ①特別追加人員の異能により、湖面を媒介とした不完全異界『鏡面世界』を展開する


 ②それを以って『魔王の軍勢』全体を隔離すると同時に、進軍方向を錯誤させて湖南方面に誘導する


 ③複数箇所に設けたキルゾーンで『軍勢』の一部を段階的にポップさせ、当該エリアの警備担当者によって殲滅する


 ④十分に『軍勢』を削った時点で『鏡面異界』を解除し、精鋭メンバーで『魔王』および残敵を一挙に掃討する


<分担>

 基本的には変更前と同じ。ただし、各組織は必要に応じて予備人員を投入すること


<備考>

 各キルゾーンの戦闘指揮は現場リーダーに一任。ただし、救援要請は早めに行うこと


     ◇


     ◇


 対岸には元より街灯りが少なく、背後にある楽園の各店もネオンを落とし始めている。


 篝火だけが砂地を照らす中、アロハ姿のパイセンが注連縄で囲まれた護摩壇を準備するのを横目に、俺とイオリは各々の戦装束を見比べてみる。


「何というか……最近の忍者って、随分とスポーティな恰好なんだな」


 イオリが身につけた体装備は、要所が厚いプロテクターで護られた暗色の全身タイツ。

 そして、脚装備はゴツくて機械的なブーツで、腰装備はクライマーのように様々な道具類を吊るした太いベルト。


 ……そういや、あの里は『古典忍術』だけでなく『科学忍術』も教えてるんだったか。


「そーそー。僕はまだPXで売ってる低ランクの『忍具』しか持ってないけど、自衛隊員に支給される軍用装備はもっと凄いよ?」


 そう言ったイオリがブーツの機構を作動させると、およそ3mほどの高さまでノーモーションで跳躍する。

 ……おそらく『ジェット・ブースター』とやらを扱えるようになれば、空中で自在に動き回れるようになるのだろう。


 ついでに、直線的ではあるものの水平方向にも高速移動できるようだ。


「ま、何にせよ頼もしいな。俺のほうは完全に対幽霊仕様の装備だから、実体があるモンスターは基本お前に任せていいか?」


 一方、俺の体装備はと言えば、両袖に東洋の龍が刺繍された真っ白なジャージ。

 そして、腕装備は手の甲側に梵字が刺繍された黒革の指無しグローブで、装飾品は手首に着けた水晶の念珠。


 ……いずれも【サイキック強化(微)】や【精神エネルギー自然回復(微)】などがエンチャントされている支給品なので、ダッサいから装備しないなどという選択肢はない。


「いやいや、それは僕たちが受け持つ『軍勢』の構成次第だから、タクマも出来る限り頑張ってよね」


 先ほどパイセンに聞いたところによると、『魔王の軍勢』というのは『スタンピード』の特殊形態の一つなのだそう。


 何でも、ただ目についた敵を本能的に襲う群れではなく、末端まで指揮命令系統が構築されていて部隊戦闘を仕掛けてくるらしい。

 さらに、練兵により個々の戦力が向上しているうえ、戦力バランスを考えた部隊構成になっているというのだから厄介極まりない。


 しかしながら、この作戦において最もトンデモない存在なのは……


「…………」


 特別追加人員と表現されていることから、おそらく本来は作戦に参加しないはずだった人物。

 そして……一時的にとはいえ、不完全異界とやらに『魔王の軍勢』全体を隔離できるという凄腕の異能者。


 当然、俺は会ったことがない……よな?


     ◇


「よし、準備できたか。それじゃ、最終確認のブリーフィングを開始する」


 スイッチを切り替えたパイセンの召集を受け、俺とイオリは祭壇の前に整列する。


 ……相変わらずアロハ姿のままだが、装備には独鈷とサーフボードが追加されている。


「まず、あの水面に浮かぶ円がモンスターのポップ予定地点だ。俺はあの近くで待機して、強そうなヤツから順番に速攻でブッ潰す。もちろん雑魚のほうも極力仕留めるつもりだが、ある程度の取り零しは発生すると思っとけ」


 その宣言に合わせて腕が振られると、パイセンの異能【護摩調伏】による炎が闇に沈んだ水面に煌々と真円を描き上げた。


 およそ300mは沖合の位置なので、間違いなく足が底につかない水深だろう。


「で、イオリは波打ち際で待機して、その取り零しへの対処だ。おそらく『オーラ・フィスト』で対処できるヤツばっかだろうが、囲まれないよう立ち回りには気をつけろよ?」


 忍具『オーラ・フィスト』とはイオリが両腰に下げているナックルダスターのことで、生命エネルギーを衝撃力に変換するハイテク武器だ。

 非実体タイプのモンスターに対しても、ある程度はダメージが通るらしい。


 機動力の面でも、ブーツ型忍具『グラス・ホッパー』があるので心配いらないだろう。


「そして、タクマの仕事は護摩壇の傍に待機して、その防衛とイオリのサポートだ。本当はお前にもアタッカーを任せたかったが、修行をサボってやがったみたいだしな……」


 俺の【手長足長】が異能ブースターに生まれ変わって以降、弱い障壁を張る【九字護身法】以外に習得できたのは微回復のサイキック系異能【ハンド・ヒーリング】くらいしかない。

 ……最近はソロ活動での幽霊退治ばかりだったため、安全性を高める方向の異能ばかり練習していたのだ。


 なお、他には【サイコメトリー】や【クレアボヤンス】も練習したのだが、それらは俺の倫理観が邪魔して習得には至っていない。


「……まぁいい、護摩壇の防衛も重要な仕事だからな。これはモンスターを誘引する囮でもあり、イオリの回復スポットでもあり、戦闘を隠蔽する結界装置でもある。ま、破壊されたらミッション失敗だと思っとけ」


 祭壇両サイドの篝火はダンジョン産の特殊な薪を燃やしたものらしく、イオリが【炎喰らい】を使えば何度か生命エネルギーを補給出来るそうだ。


 そして、いわばタワーディフェンスにおけるタワーの役割も有しており、防衛に失敗した時点で『明王護国衆』に救援要請しなければならず……俺たちの社会的生命は潰える。


「……おっ、そうだ。タクマにはコイツを貸しといてやるよ。お前の精神エネルギーじゃ何度も使えねぇだろうが、【手長足長】で鳴らせば周囲の雑魚は一掃できるはずだ」


 そう言ってパイセンが俺に手渡したのは、柄が付いたタイプの巨大な『おりん』だ。


 ……鈍器としても有用そうだが、チーンとやればボム兵器のような効果があるらしい。


「まぁ……何だかんだと脅したが、少しでもヤバいと感じたら躊躇なく救援を求めていいからな? 温泉で待機してたのがバレたって別にペナルティはねぇし、ちょいと恥を掻くだけの話だ。俺なんて、古巣の頃から常習犯だしな」


 ……そういうキャラが定着しているパイセンなら話題にならないのかもしれないが、俺たち新人がヤラかしたとなれば各支局で当分は語り継がれことになるだろう。


 そんな逆武勇伝など望まぬ俺とイオリは、肉体的生命ギリギリまで死力を尽くすことを固く誓い合った。


     ◇


 スマホで作戦本部に戦闘準備OKの連絡を入れたのち、パイセンは水面に浮かべたサーフボードに飛び乗った。

 俺たちに背を向け、惰性航行で黒い湖面を進んでいく。


 まるでSUPでもするかのような呑気さだが、片手に握るはパドルではなく独鈷。

 そして、もう片方は無手のまま、顔より少し上で垂直に立てられた。


「ノウマク、サラバタタギャテイビャク……」


 地獄のダンジョンでフロアボスを務めた際には、せいぜいブン殴るか火を噴くかくらいしかしなかったパイセンの……本格的な『真言』だ。


 ……ドデカい赤鬼にでもなるのだと思っていたが、どうやら今回は違うモードらしい。


「サラバタタラタ、センダマカロシャダ……」


 その不思議な韻律に気を取られていると、いつしか独鈷の両端には白に近い色合いの灯火が宿っていた。


 それは連なる言の葉を吸収するかのように成長し、やがて柄尻で繋がった二本の直剣へと姿を変える。


「……ウンタラタ、カンマン」


 長いような短いような真言を唱え終わったとき、変化はアロハシャツの背中にも及んでいた。

 揺らめく炎の形で固定された白円は、まさしく明王像の光背そのもの。


 その荒々しくも荘厳な気配の後ろ姿に、もう気安くパイセンなんて呼べないなと思ったのだが……


「『寸止め』の恨みは俺が晴らしてやる! イクぜっ、【教令輪身・不動倶利伽羅】!」


 ……最後の最後に全てを台無しにし、パイセンの背中はアフターバーナーを噴いて湖上を爆走していった。

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