第2話 林立するフラグ

 舞鶴若狭自動車道と京都縦貫自動車道を乗り継いで京都市内へと帰還し、一旦自宅へ寄ったのちに峠道で比叡山を越える。


 大津市に入ってからは国道で琵琶湖西岸を快調に北上し、俺は概ね予定どおりの時刻にイオリと合流することができた。


 ただ、指定のコンビニにはパイセンは来ておらず、その代わりに別の場所へと向かうようにとの連絡がイオリに来ていた。


 その別の場所とは……なんと、俺たちがゴチになろうとしていたスーパー銭湯。

 ゴネるまでもなく思惑どおりな展開に、二人して笑いを隠せなかった。


     ◇


     ◇


 施設入口に仁王立ちしていたパイセンは、俺たちの顔を見るなり早速メシを奢ってくれるという。

 残念ながら、俺たちがリクエストしたラーメンはこの施設では提供されておらず、止むなくガッツリ焼肉という代案を選択。


 そして、肉奉行に立候補したパイセンが焼き網の上を一杯にしたあたりで……俺とイオリはいい加減痺れを切らしてしまった。


「あの、そろそろ仕事の話を……」


「もう八時過ぎちゃってますけど、いいんですか?」


 二人してアレコレと言い募るも、パイセンは瞑目して肉の声を聞くのに集中している。


 ただ、それでも俺たちを無視までするつもりはないのか、やや面倒臭そうにしながらも少しずつ説明を始めてくれた。


「……お前ら、あのネーチャンに中央組織のことは教わってるだろ? デケェのが3つあるんだが、組織の名前は全部覚えてるか?」


 内閣直属の『陰陽寮』と『明王護国衆』なる超法規的特務機関。

 そして、自衛隊の極秘特殊作戦群『ガーデンキーパー』。


 俺とイオリが声を揃えて正答を示すと、パイセンはトング片手に大きく頷く。


「……そうだ。それぞれ委ねられている役割も違うし、所属している異能者にも色々と特徴がある。まぁ、それは今は置いておくとして……よし、コレとコレは塩でいってくれ」


 仕事の話が始まったというのに引き続きパイセンは脂の滴りを数えるのに夢中だが、まぁ何か言ったところで変わらないのだろう。


 一度顔を見合わせた俺とイオリは、取り皿に盛られた肉を大人しく塩でいただくことにする。


「……基本的には、その3つの組織は非常に仲が悪い。ま、下っ端連中はあんまり気にしてないんだが、上の連中は勢力争い云々に加えて思想面でも相性が悪過ぎるからな」


 思想面、という言葉の意味は今イチ判然としないが……おそらくは、宗教観や異能への考え方のようなものだろうか。


 駆け出しのくせに複数系統の異能を摘み食いしている俺は、きっとどの組織のトップからも眉を顰められるのだろう。


「……ところが、だ。今夜の琵琶湖全水域と沿岸地域一帯ではな、滅多にねぇ『三大組織合同による極秘作戦』が展開されるんだよ」


 これはこれは……胡散臭い闇バイトだと思っていたら、随分と壮大な話になってきた。


 烏龍茶で口を湿らせた俺とイオリは、身を乗り出しつつ話の続きを待った。


     ◇


 そして、焼き網の交換が終わるまでの間にパイセンから聞き出せた極秘作戦の内容は、おおむね以下のようなものだった。



<目的>

 琵琶湖中央最深部、国内最大規模ダンジョンで発生するスタンピードへの対処


<方法>

 琵琶湖北部・竹生島へのモンスター誘引、ならびに精鋭チームによる撃破殲滅


<分担>

 ・撃破殲滅:各組織からの選抜メンバー


 ・誘引儀式:内閣直属『陰陽寮』

 ・西岸警備:内閣直属『明王護国衆』

 ・東岸警備:自衛隊『ガーデンキーパー』


 ・予備人員:民間の異能者より志願



 水中ダンジョンへの後手対応という意味では舞鶴市の案件と同じだが、漁協長一人で片が付くアチラとはまるで規模が違う。


 三大組織が全て参加しているのは手柄の配分などを考慮した結果なのかもしれないが、それでも一組織でお手軽に処理できないレベルの案件であるのは間違いないだろう。


 何より、琵琶湖から始まる河川の流れは多くの自治体で水源として扱われており、いわゆる『近畿の水瓶』にトラブルが発生した際の影響が及ぶ範囲なんて到底計り知れない。


 そんなメインクエスト級の一大事に、果たして俺たちはどのように関わるのかと身を固くしていたのだが……


     ◇


「……でな、俺の古巣の『明王護国衆』から秘密裏に依頼を受けたんだよ。頭数を増やせば請求する経費を水増しできるから、暇そうなヤツがいたら紹介してくれや……ってな」


 能力不問で頭数だけ求めるということは、実際に戦力として期待されていないのだろうが……いくらなんでも、発想が生臭過ぎる。


 公になれば焼き討ち不可避な求人理由に、俺とイオリは思わずライス大盛りをオーダーしてしまう。


「で、この周辺が俺の警備担当エリアなんだが、仮に誘引漏れが発生したところでモンスターの到着するまでには十分な時間がある。つまり、呼び出しがかかるまで風呂でノンビリしてりゃいいってわけだな」


 なるほど……警備担当といっても、対応可能な距離で待機しておくだけでいいわけか。


 経費水増し絡みの理由もあるのだろうが、俺たちに声を掛けたのは待機中の暇潰しに付き合ってほしかったからに違いない。

 ……すなわち、仮に闇バイトへの参加を断ったところで、パイセンの拘束からは逃れられないのだろう。


「そして、この合同作戦で下手を打てば『陰陽寮』も洒落にならないから、誘引漏れなんて事態はほぼ確実に起こらない。ま、万が一お漏らししやがっても俺一人で対処するつもりだが、お前ら二人が参加してくれたら古巣に恩が売れるんだよな」


 特別オリエンテーションの際にはパイセンの真の実力を見せてもらう機会はなかったものの、あの禅僧さんから聞いた逸話から想像するに決して大言壮語ではないと思われる。


 ここまでの話で、イオリはすっかり乗り気になっているようだが……俺としては、どうしても拭い去れない懸念が一点残っていた。


「条件的には速攻で飛びつきたいところなんですが……戦闘に参加する可能性が全くのゼロではないのなら、一応サラさんに軽く断りだけは入れておいてもいいですか?」


 業務外の戦闘であるので、もし怪我でもしたならば当然のごとく労災の対象外。

 加えて、何かの理由で他所様との揉めた場合、今日はバイトだから……なんて言い訳も通用せず、組織間のトラブルになってしまう。


 そんな『特殊事案特別対策局』局員として真っ当な心配事を、パイセンは鼻で笑った。


     ◇


「……この仕事を受けてくれた場合。お前ら二人には、まず風呂で念入りに身を清めてもらうつもりだ」


 腕を組んだパイセンは何やら仰々しい物言いをしているが、元よりそのつもりだった俺たちとしては首を傾げるしかない。


 いや……イオリは何かに気づいたようだ。


「……で、そのあとはココから少しだけ移動だ。なぁに、目と鼻の先だから車で5分もかからねぇ」


 そのあたりでパイセンの言わんとする事を察した俺は、あまりにも常識外れな舐めプ度合いに驚愕を禁じ得なかった。


 ココから車で5分のスポットなんて……あそこしか考えられないじゃないか。


「そして、そこで何をするかと言えば……温泉に入る。ま、ココにも温泉はあるが、あっちのは『泡風呂』だしな」


 この辺り一帯は古くから続く温泉街だが、色々と健全な努力はしているものの未だに泉質以外で有名だ。


 そして……それこそが、サラさんには秘密にして、アズサには声を掛けなかった理由。


「……あそこで一番高い店で最長のコースを3人分、すでに予約済みだ。もちろん全部俺のオゴリだが、さぁどうする!?」


 俺とイオリは思わず顔を見合わせるも、言葉での相談なんて要らなかった。

 二人とも生命エネルギーに満ち溢れた健全な男性なのだから……もちろん、答えなんて決まっている。


 気づけば俺たちは二人して平伏し、偉大なる大先輩に両手を合わせて崇め奉っていた。

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