第6話 バージョンアップ完了
俺が仮配属で局長補佐を拝命してから……すなわち、サラさんの個人レッスンを受けるようになってから約1ヶ月後。
それまでに何度か単独の外回りを経験したのち、いよいよ俺は初めてペアで外回りすることになった。
……時間外勤務は断っているのか、今日は例の老執事も抜きだ。
ともあれ、わざわざ局長の彼女が同行するというのだから、当然ながら今度はユルいお遣いクエストなんかではない。
また、交渉クエストでも攻略クエストでもなく……ずばり討伐クエスト。
そして、このクエストが課された理由は、個人レッスンの成果が一定の水準に達したからであると同時に、生まれ変わった【手長足長】の実地試験でもある。
◇
◇
京都市北西部に位置するそのトンネルは、数十年前まで単線鉄道が走っていた場所だ。
現在は自動車道路となっているが幅員は当時のままで照明等も少なく、その不気味な佇まいから怪現象の噂が数多く存在する。
元々霊的に不安定な場所にそういった噂が集中すると、集団的無意識の影響を受けて実際に野良モンスターが発生してしまい……さらに、長らく放置されると周辺一帯がダンジョン化してしまう。
もちろん、地形を変えるレベルの公共工事などを行えば未然に防げるのだが、昨今のご時世では予算の観点でも環境保全の観点でも実現困難。
ゆえに、我ら『特殊事案特別対策局』が野良モンスターを定期的に駆除するという対症療法によって、このトンネルの安全を人知れず守っているというわけだ。
◇
「……こういったスポットは関西一円に多数ありますから、対処できる人員が増えるのは大変助かります。全てのスポットに駐在員を置くわけにはいきませんし、私が対処するにしても移動時間が馬鹿になりませんから」
トンネル入口手前の路肩に車を停めたサラさんは、助手席に座る俺の緊張を解すべく本日のミッションのおさらいをしてくれた。
……今日は彼女の車で来ているが、おそらく普段のサラさんは転移か何かで飛び回っているのだと思う。
「対処……出来るんですかね? 理屈の上では可能だと理解してますし、取り憑かれたところで大した事ないっていうのも疑ってはいないですけど。ただ、そもそも自分が『幽霊をブン殴れる』っていう実感がなくて……」
先日、彼女からは新たなる【手長足長】のスペックは聞いており、あの禅僧さんがドン引きしていた理由も既に判明している。
ただ、それでも自信を持つまでには至っていなかった俺は、ダッシュボードに顎を預けて気弱な声を漏らした。
すると……
「いえ、タクマさんなら何の問題もありません。非実体タイプのモンスターを相手にする場合、今のところ三人のうち貴方が最強です。正直、私もあそこまで真剣にレッスンを受けてくださるとは思っていませんでしたから」
いくら言葉で言い募られたところで、それが自信に繋がるはずもない。
しかし、そっと肩に添えられた彼女の手からヤル気をもらった俺は、迷いを断ち切って助手席のドアを開けた。
そして、【霊視】が付与された眼鏡越しに初夏の星空を見上げ、まだ冷たい夜半の空気を胸一杯に吸い込む。
「…………」
「…………」
振り返った俺がニッと笑って頷くと、続いて車外に降りた彼女も無表情で頷いた。
◇
「まずは、従来の【手長足長】を……」
サラさんとのレッスンにより新型を即時展開することも可能となっているのだが、今日のところは段階を踏みつつ最終確認してくれるらしい。
俺は細く息を吐きつつ、自身の手と腕の形をしたテレキネシスの力場を宙空に現出させる。
「続いて、アストラル体の活性化を……」
未だにアストラル体とやらの定義は理解しきれていないのだが、まぁ感覚的にはバッチリ把握できているので特に問題はない。
俺は一度目を閉じ、生身の身体に重複して存在する魂的なナニカを強く意識する。
「結構、それでは少しずつ慎重に膨張させていき……」
彼女が紡ぐ静かな言葉に合わせ、本来は身体の外に出してはならないモノを力場の中に充満させていく。
……半分幽体離脱したような状態で平然としている今の状態は、あの禅僧さんのような非異能者でも感じられるほど異様な気配を発しているらしい。
「ふぅ……」
単なる不可視の力場ではなく魂的なナニカで腕を形作った俺は、一旦目を開けて軽く一息ついた。
自身の異能に対して堅固に『腕』というイメージを持っている俺にしか実現できない、いわばユニークスキル。
……まぁ、サイキック系の異能者に堅固な暗示をかけるなりすれば、べつに再現不可能ではないらしいが。
「では、最後に【九字護身法】を……」
◇
アストラル体とやらで構築された腕ならば非実体モンスターにも触れられるが、それは丸出しの弱点でブン殴るという諸刃の剣。
サラさんが念入りに魔改造を施した【手長足長】は、そんなチンケな代物ではない。
「臨、兵、闘、者……」
合計四本の腕で行使するは、密教系異能の初歩にして一般人にもポピュラーなアレだ。
頭上で不可視の手指が次々と組み方を変えていくのに合わせ、生身の手掌を刀印にして眼前の闇を縦横に斬り刻む。
「皆、陣、烈、在……」
もちろん、初歩とは言っても相応の修業を積まなければ発動できない異能であり、フォームだけ真似したところで頭を疑われる効果しかない。
……先日の座禅体験と説法なんかは、当然ながら修業のうちに入らないのだ。
しかし、具象化された『手と腕』の概念であり、剥き出しの魂そのものとも言える俺の【手長足長】を媒介とするならば……
「……前!」
戦勝を祈念する九文字を唱え終えたとき、俺の身体と不可視の腕は格子状の輝線が走る障壁で守られていた。
これは一定レベル以下の物理的な外力から護ってくれるのみならず、最下級の幽霊なら触れただけで即成仏させられる清浄なる結界。
……もし突破されるとコッチも即弱点なので、是非お手柔らかに願いたいところだ。
「お見事、ちゃんと出来ましたね」
障壁にムラが無いことを確認したサラさんは、パチパチと手を叩いて合格のお墨付きを出してくれた。
つまり、彼女が魔改造した【手長足長】の正体とは……手や腕を媒介とする異能を行使する際の強力なブースターというもの。
現状ではまだ【九字護身法】しか習得していないが、今後のレッスン次第でチートとなり得る代物だったのだ。
◇
◇
そうして深夜零時に始まった討伐ミッション兼実地試験は、あまりにも呆気なく終わった。
トンネル内を漂う幽霊を千切っては投げ、千切っては投げ……という展開にすらならず、腕を振り回して駆け抜けるだけでアッサリ討伐完了してしまったのだ。
その後、せっかく来たんだからと近隣の山林にいる幽霊の赤ちゃん?まで狩って回ったものの、それも【九字護身法】の効果が尽きるまでに完了。
結局、当初の終了予定時刻である丑三つ時には、俺とサラさんはコンビニの駐車場でコーヒーを啜っていた。
◇
「……大学時代、あそこへ肝試しに行った事があるんですよ。もちろん、当時は何の怪現象にも見舞われなかったんですけど、それはサラさんたちが頑張って仕事してくれてたからなんですね」
空いた紙カップをボンネットに置いた俺は何の気無しにそう言ったものの、口にしてから少々失敗だったと気づく。
……現役JKの頃から局長に就いていた彼女は、当然ながら楽しい大学生活など送っていないのだ。
しかし、俺に倣って紙カップを置いた彼女は、ほんの少しだけ苦笑し……そして、会話のステップをいくつか飛ばした台詞を口にした。
「……私について、すでに色々とお聞きになったでしょう? タクマさんは一体どう思われましたか?」
青紫色の誘蛾灯をバックに立つ彼女は、相変わらず無表情でミステリアスなクールビューティだ。
たしかに、彼女の事は各訪問先で話題に上ったものの……果たして如何なる事情があるのか、核心的な情報は誰も口にしなかった。
ともあれ、彼女にどんなバックグラウンドがあろうが、俺が心に抱く感情は何も変わっておらず……
「……正直よく分からない、としか言えませんね。でも、だからこそ、これからもっと知りたいと思ってますよ?」
少しキメ顔を作った俺が空のカップを乾杯するように掲げると、無表情のままの彼女も同じようにして応じてくれた。
……ここのところ四六時中一緒にいたもんだから、たとえ表情が動かなくても彼女が少しホッとしている事くらいは分かるのだ。
「でしたら、タクマさんのご希望に沿って、次のレッスンは【サイコメトリー】にいたしましょうか。また、男性サイキッカーは【クレアボヤンス】にも目覚めやすい傾向にありますので、そちらの訓練も並行して……」
……これはちょっと、本気なのか照れ隠しなのか判断がつかないな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます