とくとく! 〜こちら独立行政法人☆特殊事案特別対策局〜
鈴代しらす
プロローグ
祇園から少し南に歩いた場所にある寺の境内には、華やかな周囲の街並みには似つかわしくない観光スポットがある。
とある古の人物が閻魔大王の役人仕事を手伝いに行く際、地獄への通勤経路に使っていたと言われる『冥土通いの井戸』だ。
文学作品等にも登場するその井戸はそれなりに有名で、日々それなりに多くの観光客が訪れる。
……が、彼らがわざわざ遠方から足を運んで観ていたものは、実は真っ赤なニセモノ。
境内の建物内部に隠された本物の井戸の奥底には、正に地獄と称するに相応しい光景が広がっていた。
◇
「……呼吸は、問題ないようですね」
釣瓶型エレベーターが停止するなり真っ先に飛び降り、周囲の環境を確認してくれたのはアズサ。
来月から新卒として京都府警に勤める……はずだった、凛とした雰囲気の若い女性だ。
初めて目にする非現実の光景にも浮かれることなく、両側の切り立った崖の所々から噴出する紫色の瘴気じみたガスに気を配ってくれている。
なお、彼女が身に纏っているのは死に装束ではなく、高校のときに使っていたと思しき臙脂色のジャージ。
「……事前研修で聞いた話、本当に全部本当だったんだね」
一方、彼女に続いて恐る恐る足を踏み出して、不気味な空を見上げて呟くのはイオリ。
来月から新卒として市内の消防署に勤める……はずだった柔和な雰囲気の青年だ。
彼の不安げな視線の先は雲一つない快晴。ただし、色は赤。
それも朝焼け夕焼けなどとは明らかに別種の、生理的に不吉さを感じさせる血のような色合いだ。
そして、彼の装いは両膝に小さな穴が空いた濃紺色のジャージ。
「……ま、正確には『頭に流し込まれた』だけどな」
殿として地獄に降り立った俺は下らない訂正を入れるも、心情としては全くもって彼と同感。
先だって行われた緊急特別事前研修の際に『異能』とやらの存在を目の当たりにしていても尚、こうして実際に肌で非現実に触れるまで何処か信じ切れずにいたのだ。
ちなみに、俺は来月から新卒として市役所に勤めるはずであって、近隣でもダサいと大評判だった黄緑色のジャージ姿だ。
「で、今日はどうする? タクマ班長」
「本格的に攻略するのは四月以降でいいとのことでしたけれど、当然イケる所まで行きますよね? タクマ班長」
敢えて取って付けたように俺を班長と呼ぶ二人は、同期として積極的に距離を縮めようとしてくれているようだが……俺としては、この流れには正直あまり乗りたくない。
今から三人で臨む特別オリエンテーションは、いわば『ダンジョン攻略』だ。
同じ新人局員とはいえ、安定と平穏を求めて役所勤めを志望した俺なんかより、警官なり消防士なりを志した二人のどちらかのほうがリーダーに適任だろう。
しかし……
「大学の偏差値的に、君が適任だよね?」
「どうしてもお嫌でしたら、公平に多数決でも構いませんよ?」
こいつら、顔を合わせるのは今日で二回目のはずなのに、早くも息ピッタリだ。
……初対面のときには二人とも真面目っぽい印象だったのに、実際にはこういうノリだったらしい。
ともあれ、俺をリーダーに祭り上げたタクマとアズサは、それぞれ軍用トマホーク二丁と本身の長巻を携え、リーダーを放置したまま峡谷の奥に向けて歩みを進める。
「……ははっ」
その背中を眺めて苦笑した俺は、同じく携えていた錫杖の先の輪っかを鳴らした。
大学の偏差値的なものもあってか、何となく頭でっかちのビビりポジションに位置付けられかけているが……実のところ、俺だって少なからずワクワクしているのだ。
ギャンブルじみた人生より安定と平穏のほうが好みだとはいえ、それは将来を見据えての話。
フィクションの中にしか存在し得ないと思っていたダンジョンにアタックできる機会を実際に与えられたとなれば、当然ながら俺だって冒険してみたくなるに決まっている。
「おい、待て待て。こんなのでも一応は仕事なんだから、ちゃんと打ち合わせするぞ!」
肩に担いだ錫杖の重みを少し心地良く感じた俺は、地獄の荒れた地面をローテクスニーカーで駆け出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます