第2章 天国のプライベートレッスン
第1話 局長特別補佐の初日 a.m.
大学の卒業式後に一度実家に顔を出していた俺は、GWは帰省せずに京都で過ごすことにした。
……もちろん、その代わりに4月のうちに支払われた初任給を使ってアレコレ大量に送ってあるが。
15日締めだったため約半月分相当の給与だったものの、それでも世間の新入社員たちに申し訳なくなるほどの高額。
そして、俺はそれを片手にラーメン屋などで庶民的に豪遊したり、大学時から住み続けていた下宿先から引っ越す算段をしたりしているうちにGWは最終日となる。
翌朝、俺は新たなる職場と直属の上司への期待に胸を膨らませつつ、御池通りの地下へと潜っていった。
◇
◇
「おぅ、おはようさん。こないだは運悪く立て込んでて挨拶できなかったが、俺は事務長の亀岡だ。ま、これから宜しくな」
謎空間にある広いオフィススペースにいたのは、先日の配属先発表の折にPCに向かっていた初老の男性一人だけ。
冷たい人物ではない事に安心しつつ俺も挨拶を返し、他に挨拶すべき人はいないかとキョロキョロしてみるも……まだ他には誰も出勤していない。
「あぁ、局長は直行で外回りだぞ。ついでに言えば、あの執事の爺さんは局長の個人秘書みたいなもんだし、ここに常駐している事務員は事務長の俺一人だけだ。つまり、お前さんが来たから今日はもう全員出勤だな」
局長のサラさん、事務長の亀岡さん、そして局長補佐の俺。
……オフィスの無駄な広さはさておき、僅か三人のメンバーで関西一円の特殊事案に対応できるのか。
俺の顔に浮かんだそんな疑問を汲み取った亀岡さんは、懐の長財布から取り出した一枚のカードをシュッと放り投げる。
「ははっ、べつに此処はブラックな職場ってわけじゃないから、そんな面しなさんな。それより、地下街でコーヒーを買ってきてくれや? 俺はブラックでいいが、お前さんの分は好きにカスタマイズしていいぞ」
早々に飛び出た親父ギャグに一抹の不安を覚えつつ、局長補佐の俺はパシリ仕事に向かった。
◇
まぁ、そんな不安もほんの一時のことで、互いの紙カップが空になる頃には俺とカメさんはすっかり打ち解けていた。
元刑事のカメさんは捜査中に死者の声が聞こえるようになってしてしまい、色々と知り過ぎてしまった末に半ば強引に中途採用されたそう。
……今ではすっかり慣れて何の不満もないそうだが、初めて異能だの何だのに触れたときの驚きは俺とも共通していたのだ。
「しかし、まぁ……たまげるよな。たぶん署長クラスなら知ってたんだろうが、こんなトンでもない組織が日本各地にあったとはな。もし知ってりゃ、俺だって拳銃なんぞで吸血鬼に向かっていかなかったんだが……」
すっかりダベりモードに突入したカメさんが応接スペースで広げるのは、我らが『特殊事案特別局』のパンフレット。
入局してから初めて目にするというのもどうかと思うが、俺は手に取ってパラパラと眺めてみる。
「東北地方は遠野、中国地方は出雲……支局の場所が人口密集地とズレている理由は何となく察しがつきますが、四国と沖縄には支局が存在しないんですね」
……それぞれ近隣の支局がカバーしているのかもしれないが、地理的にちょっと厳しい気がする。
裏表紙の地図を指差した俺がそんな疑問を呈すると、カメさんは一つ頷いてから赤ボールペンで四国をグルッと円で囲った。
「まず、四国のほうはだな。全域に『御遍路大結界』っていうのがあって、ウチが関わるようなトラブルはほぼ皆無なそうなんだよ。一応、連絡所が四国中央市にあるから、今後お前さんが出張する機会もあるかもしれんが」
……なるほど。御遍路さんたちが知らず知らずのうちに治安を守るシステムなわけか。
四国中央市とやらが何県にあるのかは、後でチェックしておかなければ。
「で、次は沖縄だな。あそこは米軍がソッチの治安維持もしてくれてるんだが、地元の異能者だの外国勢力だのと色々揉めててな。国防絡みの中央マターってことで、ウチの支局は随分と前に完全撤退しちまったんだとさ」
……それはまた、南国のリゾートに相応しくない随分と生臭い話だ。
実は夏休みの旅行先として候補に考えていたのだが、モロ関係者となった今では色々注意しないとマズそうだ。
◇
先日のカメさんが忙しかったのは本当に運悪くだったらしく、時々自席に戻ってメールチェックなどをしながらも俺とのダベりを続ける。
……なお、彼は紙巻タバコをスパスパ吸っているが、その煙は結界に閉じ込められて外には一切漏れてこない。
「北海道支局は過激なエコロジストばっかりで、甲信越と東海は富士山の取り合いが尾を引いて今でも仲が悪いらしい。で、中央統括本部と関東支局は、俺の古巣と同じく本庁と所轄みたいなノリで……」
組織全体のガイダンスが大体終わったところで、話題は各支局のゴシップネタへと移行していく。
ソレも結構面白そうだったものの……俺は適当なところで話を遮り、おそらく彼が意図的に避けていると思われる話題を持ち出してみることにした。
「あの……それよりも、関西支局についてもっと詳しく教えてもらえませんか? 支局ごとに独自色が強いとのことでしたが、ウチはどんな感じなんでしょう?」
すると、これまで滑らかだったカメさんの語り口は途端に重くなり、頭をガリガリと掻いて言葉を選び始める。
……案の定、我らが関西支局にも厄介な事情があるらしい。
「あー、その辺は局長に直接説明してもらおうと思ってたんだが……まぁ、いいか。お前さんの予想どおり、政治的な意味ではウチもかなり面倒な事情を抱えてるんだよ」
カメさんが『特殊事案特別対策局』のパンフレットの隣に並べたのは、関西エリアが載った一般的な地図。
そして、そこに次々と打たれていく星印の位置は、各宗派の総本山や有名な史跡、陵墓などなど。
……なるほど、俺にも面倒な状況とやらが何となく見えてきたぞ。
「これらは全部、民間異能者組織の重要拠点や中央組織の直轄施設だ。具体的に何か揉めているわけじゃないんだが、縄張りだのパワーバランスだのに色々と気を遣わなきゃならんわけよ」
その影響により、関西支局はあまり戦力となる人員を抱えることが許されなかった。
結果、各地の非常勤駐在員と最小限の常勤職員だけで運営する体制となり、長らく真面に機能していなかったそうだ。
……わざわざ元一般人をスカウトしてまで派閥の色が付いていない人材を欲したのも、そのあたりの事情が関係していたのだろう。
「だがな……10年ほど前に今の局長が就任から、状況はガラッと変わる。俺もよく知らないんだが、あの人はコッチの世界ではビッグネームらしくてな。一人で各所との折衝を済ませたり少しずつ人員を拡充したりして、あっという間に支局を立て直したんだとさ」
……10年前のサラさんということは、だいたいJK世代ということか。
その仕事っぷり以外の部分が大いに気になった俺が身を乗り出すと、カメさんも苦笑しつつも同じ体勢となる。
そして、その口が開かれようとする寸前、古い柱時計のように重厚なチャイムが正午を知らせた。
「おっ、もうこんな時間か。じゃあ、その辺はカレーでも食いながらじっくりと……」
そう言いながら腰を上げたカメさんの動きがピタリと静止し、俺の背後に視線を遣ったまま顔を強張らせていく。
その理由をすぐに察した俺も、恐怖を堪えつつギギギと首を回して振り返った。
すると、そこに立っていたのは、言うまでもなく……
「午前の勤務、どうもお疲れ様でした。貴方は食事に行っていただいて結構ですが、タクマさんは残ってください」
……相変わらずクールビューティな、ビッグネームの元JKだった。
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