第4話 アズサとイオリ

 全員の着替えが終わった後は、パイセンと相談して各自の得物を選んだり、ダンジョンについての初歩的なレクチャーを受けたりした。

 そして、ヒラヒラと振られた手の甲に見送られ、俺たちはいよいよ初のダンジョンアタックを開始する。


 不安定な釣瓶型エレベーターに三人でしがみつきながら軽く自己紹介をし合い、五分ほど降下したところで地獄第一層に到着。

 ワイワイガヤガヤしながら、瘴気っぽい演出が立ち込める谷底を進んだわけだが……


     ◇


「…………」


 先頭を意気揚々と歩いていたアズサが、突如として側にあった巨岩の陰に身を隠す。

 もちろん、すぐにその理由に気づいた俺とイオリも、彼女に倣って屈み込んで息を潜めた。


 ……ついに、初モンスターとの邂逅。パイセン曰く、その名も『餓鬼』。


「…………」


 紫色がかった靄の向こうに目を凝らしていたアズサが、俺とイオリのほうを振り返って何とも複雑な顔をする。


 恐怖や緊張などよりも別の事を考えてしまったのは俺たちも同様だったので、まぁ似たような表情になっているはずだ。


「…………」


 幼児のような体躯に、グリーンの体表。額には小さな角が二本あり、手には木を削り出した棍棒。


 つまり、俺たちが邂逅した初のモンスターとは……RPGにおける雑魚の定番、ゴブリンそのものだったのだ。


     ◇


『放っておかれたダンジョンが現実世界に侵食してくるのと同じように、ダンジョンのほうも現実世界の影響を受けるんだよ』


『詳しくは後日あのネーチャンか誰かが教えてくれるだろうが、集団的無意識からの概念流入って言われてる現象でな……』


 先ほどパイセンに聞いた話によると、現代に生きる人々の多くが『最弱の人型モンスターはゴブリン』と思っているから、ここの餓鬼はすっかりゴブリンチックになってしまったらしい。

 この手の現象はサブカル大国である日本で特に顕著なのだそうで、関係者たちはその手のトレンドも日々チェックしなければならないそうだ。


 ともあれ……


「では、私からでいいですか?」


 抜き放った長巻を脇構えにし、すっと目を細めるアズサ。

 ……レベル1でも楽勝という概念も流入していると聞いていたので、初めは順番にソロでやってみようと決めていたのだ。


 べつに異議を唱える理由もないので、俺たちはどうぞどうぞと獲物を譲ることにする。


「ありがとう、では……行きます!」


 手にする物の物騒さとは裏腹な笑顔を浮かべてから、彼女は岩陰を飛び出して疾走し始めた。


 そして、おおよそ25メートルくらいはあった距離は、ゴブリンもとい餓鬼が身構えるまでの間に一気に2、3メートルとなる。


「はぁあっ!」


 本来は薙刀を得意とするところ、威力重視のために敢えて選ばれた長巻。


 その白刃は頭上で水平に旋回したのち、鋭い踏み込みとともに二本の角の間へと鉛直に振り下ろされる。


「ギ……」


 全くもって容赦ない初撃は、棍棒によるガードも許さなければ、頭骨の強度による最低限の抵抗も許さなかった。


 さらには、断末魔をあげることすら途中までしか許さず、股の下の地面を深々と穿つまで瞬時に駆け抜ける。


「ひぇっ……」


 その一撃は鍛え上げられたイオリの身体の何処かを縮み上がらせるほどの威力も持っていたらしく、俺は彼の背中をポンポンと叩いて激励のエールを送っておいた。


     ◇


 タクマ班としての初陣を終えた後しばらく進むと、すぐに似たような地形のところで同じようなシチュエーションになった。


 一先ずはトマホークは使わずに空手の威力を試してみるというイオリを見送り、俺とアズサは岩陰でのんびりと待機。


「ん……?」


 アズサともコミュニケーションを取ってみるべく彼女に目を向けてみれば、何やら手をグーパーしつつ首を傾げている。


 餓鬼を真っ二つにした際に手首でも痛めたのかと心配になるも、彼女はニコリと笑ってから少し残念そうな顔をした。


「あ、ご心配なく。経験値が入った実感はないなぁ、と思っただけです。それに……『アレ』のほうも、まだみたいですね」


 ……それもそのはず。たとえソロバトルでもゴブリン1匹でレベルが上がるのはゲームバランスが悪過ぎるし、そもそもレベル制の成長システムなんて存在しないと聞いている。


 何にせよ、どこか旧家のお嬢様っぽい印象だった彼女も、実はそれなりにゲーム等のプレイ経験があるらしい。


「……そういや、人型のモノを斬るのに抵抗とかは?」


 イオリがわざと攻撃を食らってみたりと試行錯誤するのを横目で見ながら、俺は少し気になっていた事をアズサに尋ねてみた。


 武道も格闘技もストリートファイトも嗜んでいない俺としては、正直に言って無心で暴力を振るえる自信はない。


「いえ、見た目がアレですし、完全にゲーム感覚でしたよ。貴方の得物はソレですし、ちょっと抵抗を感じるかもしれませんが……」


 そう言って彼女が目を向けるのは、ザリザリと地面に無意味な図形を描いていた俺の錫杖。


 たしかに、打撃武器ではなく別の得物を選んだほうが生々しい感触はないだろうが……扱い慣れない刃物は自傷が怖いし、加えて別の思惑もあるので致し方ない。


「さぁ、イオリさんの番は終わったようですし、ちょうど奥から次のゴ……餓鬼が来ましたよ? 私たちもいますし、タクマさんも気楽に頑張ってきてください」


 彼女に促されて前方に目を向ければ、結局トマホークのクリティカルヒットで首を刎ねられたゴ……餓鬼が紫色の瘴気に還るところだった。

 そして、その傍らではイオリがこちらに振り返り、自分が連戦で新手の相手をするのかと視線で問うている。


「あぁ、了解。さすがに初戦で『アレ』は来ないと思うけど、まぁ頑張ってみるわ」


 アズサから背中に気合を入れられた俺は、イオリと代わって人生初の闘争の場に身を投げ出した。


     ◇


「ギッ……ギッ……」


 すでに臨戦態勢に入っていやがったので急襲は諦め、俺は青眼に構えた錫杖越しにグリーンの欠食児童と向かい合った。


 ボーリングのピンのような棍棒に然程の重量はないのか、餓鬼はそれに戦意を纏わせてブンブンと振り回している。


「ふむ……」


 未だ現実感がないためか、あるいは電脳世界で散々にブチ殺してきた相手だからか。

 対する俺も懸念していたような躊躇いを感じることなく、半ばスポーツのような心持ちで臨めている。


 ならば……


「破ァッ!」


「ギィッ!」


 先手を取ってやると決意したのもほぼ同時であれば、互いの得物を袈裟懸けに振り下ろしたのもほぼ同時。

 しかし、得物同士が接触した場所は、互いの中間点よりかなり向こう側。


 そして、力比べでも俺に軍配が上がり、得物の接合点は鍔迫り合いの形になることなく餓鬼の額に衝突した。


「南無ッ!」


 この段階で彼我の戦力差に確信を持った俺は、利き手の反対側で拝み手を形作る。

 そして、利き手のほうでは錫杖をフルスイングし、餓鬼の足元を薙ぎ払ってスコーンと転倒させる。


 ……後方の岩陰から大爆笑が聞こえてくるが、今は目下戦闘中なので黙殺だ。


「成仏ッ!」


 小っ恥ずかしさと一緒に棍棒を思いっきり蹴り飛ばし、栄養失調で膨らんだ腹に打突の集中豪雨を降らせる。


 俺がこんな陳腐な坊さんムーブをしているのには、当然ながら理由がある。

 ……パイセン曰く、異能の習得にはいわゆる『閃き』システムが採用されているらしいのだ。


     ◇


『異能が目覚めるのは、やっぱり異能や異界に触れた時が多いんだよ。代々続く異能者の家系では、幼少期に親なり何なりが見せてやって目覚めさせるわけだな』


『で、どんな異能が目覚めるのかっていうのは、血筋の影響も大きいが目覚める時の状況も関係する。だから、お前らにはまず護身のための異能を習得させようっていうのが、あのネーチャンの狙いなわけよ』


 つまり、べつに俺は『系譜を遡れば寺生まれだった』なんて背景は持っていない。

 ただ、『戦闘スキルを習得するなら後衛向きのヤツがいい』という願望があるがゆえ、恥を忍んで「破ァッ!」してみたわけだ。


 しかし……


「破ァッ!」


「破ァッ!」


 だんだんと餓鬼の数が増えてきて集団戦となった現在、俺の「破ァッ!」は一大ブームとなってアズサとイオリにも採用されてしまっていた。


 言うまでもなく、初めは俺への揶揄いの意味だったのだが……各々の武道の掛け声に通じるところもあってか、二人は妙にしっくりきてしまったらしい。


 ともあれ、そんなこんなで俺たちが喉を枯らしていると、峡谷の果てに第二層へと続くらしい井戸が見えてきた。

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