第3話 寺暮らしのパイセン

 衝撃的なスカウトに興奮冷めやらなかった俺たち三人は、その日はひとまず連絡先だけ交換して直ぐに解散した。


 そして、次に再会したのは三月末日。

 フライング気味に開始される特別オリエンテーションのため召集された、閉門時間を過ぎたあとの寺院でのことだった。


     ◇


「悪いな、こんな時間に。俺は此処に居候している道玄だ。非常勤の嘱託職員だが、一応お前らのパイセンだな」


 関係者以外立ち入り禁止の区域にある建物の中。広い土間で整列する俺たちを出迎えたのは、サラさんとはまた別の人物。


 墨染めの僧衣を纏っているので僧侶なんだろうが、ガングロ髭面なうえに側頭部がトライバル模様に刈り上げられたチンピラ風のニーチャンだった。


「俺もこんなナリだから、ビジネスマナーだの何だのは一切気にしなくていい。しかし、まぁ……何というか、お前ら普っ通だな」


 正に破戒僧といった風情の彼が見渡した俺たち三人は、全員が地味なリクルートスーツ姿。

 ……本当は運動できる格好で来るようにとのことだったのだが、ジャージ出勤するのはアレだったので着替えは未だ鞄の中だ。


 そんな彼の肯定とも否定とも取れない評価を受けた俺たちが返答に戸惑っていると、パイセンは一番近くにいた俺の隣に来てガシッと肩を組んでくる。


「あぁ、貶してるんじゃなくて、むしろ逆だぞ。以前インターンに来てた『推薦組』は捻くれて面倒臭いヤツばっかりだったんでな、お前ら『スカウト組』のほうは絡み易そうなんでホッとしてるんだよ」


 何と、俺たちにはまだ顔を合わせていない同期がいたらしいが……この陽キャの権化をして絡みにくいとは、一体どんな風に捻じ曲がっているのだろうか。


 ともあれ、コレも彼が持つ異能の一種なのか、とことん柄が悪いにもかかわらず極めてフレンドリーなバイブスを放っていらっしゃる。


「まっ、とりあえず全員上がれよ。呑みながら朝まで説法をしてやりたいところだが、まずはあの恐ろしいネーチャンに頼まれた件を片付けておかねぇとな」


 そのネーチャンとはあのサラさんのことなんだろうが……先日は見られなかったが、もっと名状し難きナニカが降りてくるモードもあるのだろうか。


     ◇


 農村の古民家を移築したような素朴な内装は、黒く磨き上げられた廊下を歩くうちに茶室のように上品な趣きへと変わっていった。


 そして、濡れ縁から続く渡り廊下と小さな太鼓橋を越え、無骨なコンクリート造りの離れの中に案内されてみれば……


「……おぉう」


 コンクリ床に直置きされた赤い革のソファとガラス製のローテーブル、本格的なオーディオセットや高級ウイスキーばかりが納められた棚。


 そのあたりは彼の印象からして違和感を覚えたりはしないが、床と同じく剥き出しのコンクリ壁に飾られた物騒な品々は……


「ははっ! こういうの、オトコノコはみんな好きだよな?」


 生臭でも坊主なのだから、独鈷だの錫杖だのの法具は自室にあって当然と言えば当然。

 しかし、それらと同等の扱いを受けて陳列されているのは、大小様々な刀剣や槍、世界各国の軍用ナイフなどなど。


 ……あれらは全部、たぶん鑑賞用のコレクションではなく実用品なのだろう。


「ま、後でどれでも好きなヤツを貸してやるから、とりあえず座って俺の話を聞け。何せ、お前らが今から体験するのは、文字どおり地獄のトレーニングだからな!」


 凶暴に牙を剥いて顔を近づけるパイセンではあるが、俺たち三人には特に動揺はない。

 一人ずつ手渡されたペットボトルのお茶を受け取りながら、彼の正面のソファに着座する。


 特別オリエンテーションの舞台にこの寺を指定された時点で、単なるパワハラじみたシゴキではないことくらい全員が理解しているのだから。


     ◇


「説明しなくても分かっているようだが、お前らには午前零時からダンジョンってやつを体験してもらう。さっきの土間にデカい井戸があっただろ? 実はな、あっちがモノホンなんだよ」


 ……つまり、アレこそが地獄に繋がる真の『冥土通いの井戸』ということ。


 異能だのダンジョンの実在を教えてもらってから薄々察していたが……この京都の各地に残る逸話の数々のうち、全部ではなくとも何割か何パーセントはモノホンなわけだ。


「まぁ、つっても大昔に攻略済みで、現在は特殊事案特別対策局の『管理ダンジョン』だがな。で、今日のところは、昼間のうちにダンジョンマスターの俺が新人仕様に調整してやったわけだ」


 すなわち、此処のダンジョンは本来の言い伝えに則したヘルモードではなく、いわばチュートリアルダンジョンということらしい。


 ……もちろん、以前は本当に地獄に通じるダンジョンだったのかもしれないし、今でも普段は地獄に通じているのかもしれないが。


「だいたいGW明けくらいまでは、ここに潜るのがお前らの仕事と聞いている。使わせてやれるのは深夜零時から日の出頃までだから、しばらくは昼夜逆転の生活になっちまうだろうが……その代わり、時間外手当てと危険手当てはたんまり出るから我慢してくれや」


 この期に及んで真っ当な公務員のように九時五時じゃなきゃ嫌だなどと言うつもりはなく、それについては他の二人も同様。


 そのうえ、すでに本来の二倍以上と提示されている初任給に手当てが付くとなれば、無論のこと俺たちには文句などはない。


「あぁ、とはいえ本当にお前らに大怪我をされたら、俺があのネーチャンに殺されちまうからな。ちゃんとコイツで朝まで観ててやるから、べつにビビる必要はねぇぞ?」


 そう言ってパイセンがローテーブルの上に取り出したのは、かの『浄玻璃の鏡』を模した液晶ディスプレイ。

 ……わざわざ問うまでもなく、遠視の機能が盛り込まれたハイテク魔導具なのだろう。


 そんなわけで、俺たちは過保護気味なサポートの下、些かユルい地獄へと挑むことに相成った。


     ◇


 パイセンが女性一名を着替えのため別室に案内したのち、部屋に残された男性二名も速やかにジャージへと着替える。


 そして、手持ち無沙汰になった二人が何の気無しに壁の得物を眺めていると、隣の男が小さな声でポツリと呟いた。


「……どっちが良いと思う?」


 当然ながら、彼が選んだ武器候補のうち、どちらを借りて行くか迷っている……わけではないだろう。

 俺も男なので、彼の言いたい事はすぐに分かった。


 初っ端からこんな話題もどうかと思うが、これも親睦を深めるためかと思い、俺も同じトーンで正直な呟きを返す。


「……俺はサラさんのほうだな」


 未だ共通の話題が限られている俺たちにとって、どちらかと問われれば『同僚の女性のうち、どっちが好みか?』しか有り得ない。


 あのアズサという子も、研修時に座席の名札シールを瞬間記憶してしまうほどの和風美人だったが……今の俺は、あのエキゾチックでミステリアスな彼女のほうに興味津々だ。


「……へぇ、そうなんだ? まぁ、被らなくてよかったけど」


 真面目そうな顔を意外さを浮かべて此方に向き直るこの男は、サラさん派ではなくアズサ派だったらしい。


 ただ、もし街頭アンケートでも取ればサラさん派が優勢になるだろうと見込んでいた俺は、彼があまりにも意外そうにしている様子に首を傾げてしまう。


 すると……


「……道玄さんが言ってたとおり、あの人ちょっと以上に怖くない? 今にして思えば異能が発現しかけてたのかな、僕は他人の強さ?みたいなのを何となく肌で感じられるんだけど……」


 伝統派空手黒帯の彼は、昔から試合の折には対戦相手のオーラらしきものが見えるような気がしていたらしい。

 で、サラさんのオーラはといえば……全くの虚無。そのくせ、オーラ感知とは別の生物的な危険信号はガンガン鳴りまくっていたとのこと。


 武道だの格闘技だのの心得がない俺には、幸か不幸かさっぱり理解し難いが……少なくとも、これだけは申し合わせておくべきだろう。


「……ま、お互い下手を打って職場に居辛くならないようにしようぜ」


 すっかり浮かれた学生ノリな感じだが、厳密には未だ社会人一日目を迎えていないのだから仕方がない。

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