第8話 仮配属先発表
そんなこんなで特別オリエンテーション初日を終えた俺たちは、およそ一ヶ月をかけて地獄第五層まで攻略することが出来た。
初日に第二層まで到達したことを思えばペースが遅いようにも感じるが、2日目以降はパイセンが再調整して難易度を大幅に上げてきやがったから十分以上な成果だろう。
なお、フロアボスは全部パイセンだった。
◇
俺たち三人の中で最も活躍したのは、やっぱりアズサだった。
彼女が目覚めた【闘気操法】は武道を嗜む異能者は大抵持っているコモンスキルとのことだったが、色々と進化先がある良スキルと聞いて大発奮。
結局、期間中に念願の『飛ぶ斬撃』を閃くまでには至らなかったが、それでも身体強化による人外じみた動きで大暴れしていた。
◇
次に活躍したのは、残念ながら俺ではなくイオリだろう。
第三層からモンスターがブレスを吐くようになったおかげで、左腕を幻術で燃やされた際の記憶がトラウマとして顕在化。
そして、皮肉にもそのトラウマが良い方向に働き、彼は【炎喰らい】というレアなメタスキルに目覚めたわけだ。
何でも、その異能は炎を掻き消せるだけではなく生命エネルギーとやらに変換できるそうで、毎朝元気過ぎて困ると半笑いでボヤいていた。
◇
いぶし銀の活躍をしたのは誰かと言えば、僭越ながら俺になるだろう。
不可視の腕を生身と連動させずに操作する技術は、然程時間をかけずに習得することができ、且つ操作精度も生身同様まで向上。
1.5列目からモンスターの陣形を崩すという献身的な働きによって、アシスト数はブッ千切りでナンバー1だった。
なお、異能名は多数決により【手長足長】になったが、今のところ脚を伸ばすのには成功していない。
◇
◇
GW直前のある日。俺たち三人はサラさんからの呼び出しを受け、次の段階の研修についての説明を受けることになった。
御池通りの地下駐車場のエレベーターに乗り込み、事前に伝えられていたとおりに階数ボタンを操作する。
そして、扉上の表示をバグらせた状態で奥側のミラーの中へと身を滑らせると、そこは『特殊事案特別対策局』の関西支局事務所。
……非常識な演出にもかかわらず、辿り着いた場所はごく常識的なオフィススペース。
「特別オリエンテーションお疲れ様でした。皆さん無事に異能に目覚められたようで何よりです」
そこで俺たちを待っていたのは、デスクに向かって事務作業に勤しむ初老の男性と本格的な装いを身に纏った老執事……そして、もちろん麗しのサラさん。
前者二人はこちらに目も向けないので気にしない事とし、俺たちはサラさんと向かい合う形で応接セットに着席する。
「GW明けからのお盆前までの研修は、各自の希望を考慮した仮配属先でのOJTとさせていただきます。どの部署に配属されても待遇面は変わりませんので、どうかご心配なく」
相変わらずクールビューティなサラさんからの労いは、最初の一言だけで既に終わっていたらしい。
せっかく執事を置いているのに茶を頼みもせず、彼女はテーブルに名刺の束を三つ並べた。
……こういうアイテムを見ると、自分が社会人になったことを遅ればせながら実感するな。
「それでは、お一人ずつ配属先をお伝えします。簡単に業務内容の説明も致しますので、必要に応じて各自メモを取ってください」
一人ずつと言っても、別室で個別に……というわけではないらしく、このままこの場で全員分まとめて説明してしまうらしい。
仮とはいえ配属先の発表という重大な儀式に、俺たち三人は軽く緊張しながら居住まいを正した。
◇
「まず、アズサさんから。できれば本格的に【闘気操法】の扱いを学びたいという希望を受け、こちらの配属先を用意いたしました」
その辺りの事前調査はメールでの遣り取りだったので、彼女の希望というのは今初めて聞いた。
とはいえ、彼女がそれを強く望んでいたのはよく知っているから、どれぼど喜んでいるかと横目で様子を窺ってみると……
「……ひ、火祭りの準備スタッフですか?」
アズサは手渡された名刺の肩書きを見て大いに困惑していて、その文字列とサラさんの顔とを何度も見比べている。
いや、待て。京都で火祭りってことは、もしかして……
「それは彼処に身を置くための仮の役職ですから、特に気になさらないでください。実際には当代の『天狗』様の下で修業をしつつ、京北エリアにある小規模ダンジョンの管理業務を実地で学んでいただきます」
名跡を代々受け継いでいる人間なのか、本当に人外の存在なのかは不明だが……あの山寺に『天狗』は実在するらしい。
かの伝説の人物と同じ修業を積める事に、アズサの顔は満開の桜のように綻ぶ……が、続くサラさんの言葉によって、それは直ぐに何とも言えないものへと変わってしまう。
「ただ、それだけでは研修内容が偏ってしまいますから、周辺の森を散策して『妖精』と契約してきてください。具体的な手順はこの書面のとおりで、必要な契約具は後日……」
……過酷なる山籠り修業と、スプーン一杯のメルヘン。
彼女が来月から過ごすのは、そんな日々らしい。
◇
「続いて、イオリさん。貴方もアズサさんと同様に【闘気操法】を学びたいとのことでしたが、諸般の都合により別の配属先とさせていただきました」
アズサ狙いなだけでなく本気で自分も【闘気操法】を習得したいと思っていた彼は、当然ながら目に見えてシュンとしてしまう。
……が、サラさんから名刺の束を受け取ると、唖然とした表情を浮かべてソファから飛び跳ねた。
「げ、下忍見習いって……!」
テーブルにバラリと散らばった名刺を覗き見てみれば、滋賀県甲賀市のとある観光施設の名称とロゴが描かれている。
と言うことは、あそこにいるバイト達の中には、正真正銘のモノホンが混じって……
「あちらは自衛隊の特殊作戦群『ガーデンキーパー』の教練場ですので、先方の階級制度に則らせていただきました。一時的な出向という形になりますが、給与などは今と同じですのでご安心を」
その極秘特殊作戦群の名前は事前研修の際にも聞いたが、今やっとその意味する所が分かった。
……かの御庭番衆の歴史は、現代に至るまで連綿と続いているのだ。
「イオリさんの場合、生命エネルギーを消費する手段が早急に必要です。あちらならば古典忍術の習得が可能であるのみならず、米軍の『パラノーマル・スクワッド』と提携して最新テクノロジーを導入していますから……」
……軍隊式のトレーニングを耐え抜いて、忍者を経てNINJAへ。
彼が来月から過ごすのは、そんな日々らしい。
◇
「……さて、タクマさん。貴方は総合職に留まるか一般職に転属するか、未だに決めかねているそうですね?」
少し神妙な面持ちとなったサラさんが俺に念押しすると、アズサとイオリは驚いた顔をして押し黙った。
二人とも当たり前のようにバトル前提の総合職を志望しており、事務仕事に専念する一般職なんて眼中になかったに違いない。
まぁ、俺も特別オリエンテーションではノリノリでモンスターと戦っていたわけだが、彼らを間近で見ていたからこそ気づいてしまったのだ。
……正直、俺は彼らほどバトルには心血を注げないと。
「折角スカウトしてくださったのに、誠に申し訳……」
そんなわけで、俺は二人に済まなそうな顔をしながら軽く頭を下げ、それからサラさんに向けて深々と頭を下げようとする。
しかし、彼女は俺の肩を掴むと合気道のように姿勢を元に戻させ、僅かに顔を近づけて僅かに口角を上げた。
「いえ、何も謝る必要はございません。総合職と一般職の両視点をバランス良く持てる人材は正に欲していた所ですから、私の一存にてタクマさんは『特別総合職』とさせていただきました」
ここまでの話の流れ的に、総合職と一般職の中間的な職分なのだと思うが……何でもかんでも特別をつけ過ぎじゃないだろうか。
微妙なネーミングセンスの誰かに内心で苦笑しながら名刺の束を受け取った俺は、先の二人よりも遥かに驚愕することになる。
「きょ、局長特別補佐?!」
……いやいや、待て待て! 研修途中の新人が長を補佐するとか、一体どんな組織だ?!
……と言うか、そもそも俺はまだ局長さんに挨拶すらしていないぞ! ご本人は、本当にこの人事案にOKを出しているのか?!
大混乱な俺は次々と湧いてくる疑問を目力に載せてぶつけてみるも、目の前のクールビューティは僅かたりとも怯みはしない。
そして……
「では、来月から補佐をよろしくお願いします」
仕事のデキる彼女は、無表情で握手を求めつつ単純明快な解答を示してしてくれた。
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