case2-6 草原の民たち

 極度の近視の男は、パーティーの中でただひとり冷静だった。

 左手で幅広の短刀を逆手で抜くと、首元に構えて襲いかかる矢をしっかりとガードする。


 そして、白杖から針のように細い仕込み刀をヌルリと抜いた。レイピアだ。

 極度の近視の男、ドゲル・ガンガーは、幅広の短刀とレイピアを操る二刀流の

剣士フェンサーだった。


 ドゲル・ガンガーに気づいた弓術士の女は、すばやくダンジョンの入り口から飛び降りる。逃げるからではない。近接攻撃に転じる為だ。弓術士の女は、飛び降りつつ背中にあてがっていた幅広の短刀を逆手で抜いた。

 ドゲル・ガンガーと弓術士の女は、草原の民。すなわち同郷の冒険者ならずものだった。


 弓術士の女は、スタリと地面に着地すると、そのまま大きくジャンプして飛びかかる。その相手はドゲル・ガンガーではなく、パンティランショットで胸を射抜いた魔術士だった。

 そう、彼女の標的は、終始一貫、おぼっちゃんパラディンとの正妻レースを出し抜いたこの泥棒ネコだった。


 ドゲル・ガンガーは、体を半身はんみにして大きく右足を踏み出すと、あらんばかりに手を伸ばして、弓術士の女の喉元をつらぬいた。

 弓術士の女は、その致命傷に一切ひるむことなく、幅広の短剣で、魔術師の〝ルひのと〟の紋章の下にある心の臓を突き刺した。


「そうきたか……お見事」


 ドゲル・ガンガーは、喉元をつらぬいた弓術士の女を褒め称えた。

 人は、急所を狙われると本能的に防ごうとする。10年ものあいだ冒険者を退け続けてきた、屈強なモンスターがひしめき合うダンジョンを攻略した凄腕の冒険者が、一切のフェイントを加えないシンプル極まりない突きを避けられぬわけがない。

 それくらい彼女の恨みは強かったのだ。泥棒ネコの魔術士の女に正妻レースで敗北した事実は、彼女にとって何よりも勝る屈辱だったのだ。


「ちく……しょう……」


 あふれんばかりの未練と憎悪をむき出しにして、目をひん剥いて弓術士の女をにらみながら息絶えた魔術士の女とは対照的に、弓術士の女は、それはそれは幸せそうな笑みをうかべていた。もはや叶わぬと半ば諦めていた、泥棒ネコへの千載一遇の復讐の機会を得て、そして見事に復讐を成し遂げてそのまま息絶えた。


 ドゲル・ガンガーは弓術士の女からレイピアを引き抜くと、ふたりの女はもつれ、絡み合いながら「ドサリ」と倒れた。


「死んだ後まで争うことはなかろう……」


 ドゲル・ガンガーは、絡み合ったそのふたりを引き剥がすと、目をひんむいたまま絶命した魔術士のまぶたに手をあてて、そっと目を閉じさせると、胸元で手をくませた。

 そして、弓術士が強く、あらん限りのチカラで握りしめた幅広の短刀をどうにかこうにか指から引き剥がすと、おなじく、胸元で手をくませた。


「私は、お前たちの宗教はわからぬ、そして私は宗教を好まぬ。我流で許してくれ」


 ドゲル・ガンガーは、目を閉じて胸元に手を当てて、ほんの少しだけどこに行くのかもわからない魂に祈りをささげると、レイピアで地面をこすり、しゃりしゃりと音を鳴らしながら、自分以外の唯一の生存者、ヴァレンティナ・カハールのもとへとおもむいた。


 矢は、彼女の腰元から臀部。つまり、形の良いおしりに刺さっていた。

 ドゲル・ガンガーは、矢を折ると彼女の白衣とスカートをまくりあげ、黒いタイツをひきちぎり、細やかなレースの刺繍が美しい真っ白なパンツを、幅広の短刀で慎重に切り裂くと、ヴァレンティナ・カハールの大きく、白く、そしてとても形よくハリのあるおしりに、これでもかと顔を近づけて、犬のごとくスンスンとにおいを嗅いだ。


附子どくか……すぐに処置をしないと、このままでは助からない」


 ドゲル・ガンガーが途方にくれていると、突然地面から地響きがした。ダンジョンはみるまに競り上がり、その一部があらわになったのだ。

 ドゲル・ガンガーは警戒しつつその中に入った。


「これは……いったい……」


 そこは、湿気ていた。湿度が高かった。湿度の高い浴室だった。

 そこにはとても清潔な人口の泉があった。そして見事なライオンを象った彫刻の口からは、とうとうと温かいお湯が流れ続けていた。……最も、極度の近視の男には、彫刻の形などぼやけてわからないのだが。


 ドゲル・ガンガーは、おぼつかない手で人口の泉に手をつけて暖かいお湯をすくい、犬のごとくスンスンとにおいを嗅いだのち、口にふくんだ。清潔で安全な水だ。

 そして、よくすべる床を慎重に歩き、壁に立てかけてあったねずみ色の物体をさわった。その物体は、わずかなチカラをくわえただけで、よく滑る床にパフンと横倒しになった。

 それはベッドだった。重篤な人間を寝かせつけるにはおあつらえ向きの、ハリのあるベッドだった。そしてそのベッドは、不可思議にもとてもとても軽かった。中が空洞のようだ。


 学のないドゲル・ガンガーには、その部屋の仕組みが一切理解できなかった。しかし、超技術ロストレガシーであることは理解できた。

 冒険者仲間のアンデシュ・グスタフソンから聞かされていたからだ。この世界には、理解を超越した遺物の数々があると。


 奇跡とはこのことか! 

 とても常識では考えられない事態だが、しかしこの場所で直ちに傷口を洗い、かえしのついた矢をとりのぞき、毒を吸いとり、傷口を縫い合わせれば、白銀の髪の博士ドクターを助けることができる!


 ありがたい。


 ドゲル・ガンガーは、ヴァレンティナ・カハールを抱き抱えると、なぜか突然地上にせり出したダンジョンの深層部へと足を踏み入れた。よく滑る床に慎重になりながら、彼女をねずみ色のベットにうつぶせに寝かせつけた。


 そこが、セ◯クスしないと出られない呪われた部屋だと知らずに。

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