case1-7 宝箱

 その愛という欲望を羽化うかさせたアケビ・フクモリとアンデシュ・グスタフソンは、まるで蝋の翼を得たイカロスのごとく高く高く天高く昇りつめ、やがて太陽に焦がされるように昇天した。


 そしていまは、ピロートークに花を咲かせていた。


「ホントだって! わたし、見たんだから!

 あの堅物近衛兵の手を、おぼっちゃんパラディンが「ギュ」って握ってね、

『いいじゃないの』

って言ったの!

 そしたらね、あのマッチョスキンヘッドがね、うるんだ瞳でね、

『ダメよー! ダメダメ!!』

……だってさ! もーほんっっとうにビックリしたよ!!」


 アケビ・フクモリは、アンデシュ・グスタフソンのたくましい二の腕に頭を乗せて、パーティのなかなかに複雑な四角関係を暴露している時、アンデシュ・グスタフソンは、はたと気がついた。今更のことに気がついてしまった。


「しまった! あの4人を宝物庫の前に待たせっぱなしだ!」


 この宝物庫に閉じ込められて、どれくらいの時間が立っただろうか。3時間……いや、そろそろ4時間は経過しているような気がする。


 ふたりは当初の目的をようやく思い出した。そうだ。このダンジョンの主人あるじに課せられたミッションを解いている最中だった。


 ふたりは、いそいそと衣服を来て、アケビ・フクモリが髪の毛を可愛くお団子にセットしている間に、アンデシュ・グスタフソンは、散らかしまくった愛の結晶をいそいそとお片付けをして、最低限のベッドメイキングをしてから部屋をでた。


 そして、鏡ばりの宝物庫の、左手の手形がふたつならんだ仕掛けの前に立った。

 アケビ・フクモリは不安だった。はたして仕掛けは動くのだろうか?

 アンデシュ・グスタフソンの分身をくわえている時、彼の言った言葉が不安だった。


『ま、まってくれ……ここは、聖母神が祀られたダンジョンだ!

 愛し合っていないセッ……い、いや性行為で、果たしてドアが開くかどうか』


 わたしたちは……いや、彼は、わたしのことを愛してくれているのだろうか。


「じゃあ、アケビ、仕掛けに左手を合わせるよ……」


 アケビ・フクモリは小さく肩をふるわせた。その肩をアンデシュ・グスタフソンは、たくましい二の腕で優しく抱いた。


「大丈夫だ。問題ない」


 アンデシュ・グスタフソンの言葉に、アケビ・フクモリは頬をそめてうなずくと、ふたりは左手を鏡ばりの宝物庫の仕掛けに押し当てた。


 何も起きなかった。


 アケビ・フクモリは、そんな予感がしていた。所詮、ほれ薬の力なのだ。アンデシュ・グスタフソンは、わたしを愛してなどいないのだ。

 

 気まずい。とても気まずい。アケビ・フクモリは、視点をどこにおけば良いのかわからなくて、鏡張りのカベに押し当てた小さな手をずっとみていた。アンデシュ・グスタフソンの大きな手の隣にある、自分のちっぽけな手をずっとみていた。


「何をしているんだい、アケビ?」


 頭の上から、アンデシュ・グスタフソンの声が聞こえてきた。


「ミッションは成功したよ。ほら、振り向いてごらん」


 言われるがまま振り向くと、そこにはまばゆい光があった。

 宝箱が花を咲かせるかのごとく割れ、まばゆい光が宙に浮かんでいた。


「あれがおそらくこのダンジョン最大のお宝だ。持ち帰って我らの主人あるじ進呈しんていするとしよう。これで、彼のノブレスオブリージュは果たされる」


「て、ことは報酬もはずんでくれるかな!?」


 アケビ・フクモリは、ニンマリと笑いながら手で輪っかをつくると、アンデシュ・グスタフソンはにこやかにうなずいた。


 ふたりは、花開いた宝物に歩み寄ると、その輝きに手をかざした。

 すると、宙に浮いた輝きはさらに光を増した。そして部屋全体を包み込むと、ふたりは、あまりのまばゆさにとっさに目を閉じた。


 そして、目を開けると……。


 ふたりの薬指に、プラチナのリングがはまっていた。

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