case1-8 出口

 ふたりは、互いのリングをながめると、照れ笑いをして、そして薬指から外そうとした。

 このリングは、然るべき身分の人物がつけるべき由緒ある品だ。聖母神の加護を宿した超技術ロストレガシーだ。雇われの冒険者にすぎない、ならずもののカップルがつけるべき品ではない。


 しかし、外れなかった。薬指から外すことができなかった。


 リングは、まるで薬指の一部になったごとくピクリとも動かなかった。

 ふたりはあせった。あせってあせって、結局はあきらめた。

 つづがなく事実を説明しようと諦めた。ついでに特別報酬もあきらめた。


 色々とあきらめたふたりは、宝物庫を密室にした『セ◯クスをしないと出られない部屋』と書かれたスライドするドアの前に立った。

 するとスライドするドアは、スルスルと下にスライドしていった。

 しかしドアは開かない。スルスルと下にスライドしていくだけで、一向にドアは開かない。


 カンの良い彼女が、宝物庫が微かに揺れているのに気がついた。

 そのことを彼氏に告げると、聡明な彼氏は、スライドしているのはドアではなくこの宝物庫の方だと気がついた。

 この宝物庫がスライドしているのだ。


 チーン。


 どこからともなく音が聞こえる。すると、スライドする(と勘違いしていた)ドアが開いた。


「え!?」

「え!?」


 そこは、小さな島全体を見渡すことができる小高い丘だった。

 目の前には、その丘を見下ろすように真っ白な像が立っている。

 乙女の上半身にトラの下半身、そして手には高々と鍵の束をかかげている。聖母神の像だった。


「……出口?」


 彼女が首をかしげると、彼氏は冷静に答えた。


「ああ、僕たちは深層部から宝物庫ごと地上に上がってきたようだ」


「てことは……みんなは元の場所で待っているってこと?

 でも、わたしたち非戦闘要員だよ? ふたりであの場所まで到達するのは、さすがに不可能じゃないかな?」


「ああ。いくらなんでも現実的じゃない。僕たちはこの場で待機するのが賢明だ。

 雇い主は、今はまだあの場所で待機しているかもしれない。だが、さすがに一両日も音沙汰なしならあきらめるだろう。雇われの僕たちにそこまで構ってはいられないはずだ。きっと夜を明かしたら引き返してくると思う。ここで待っているのが最も合理的だろう」


 季節は春。小高い丘は、一面若草だった。彼女は寝心地の良い若草のベッドに小さな体をコロンと寝ころばせると、大きな大きな伸びをした。


「あーあ、でも悔しいよ。せっかくミッションが成功したのにさ、わたしたちの指にくっついちゃった!

 あ……嫌なこと考えちゃった。あのおぼっちゃん『指を切り落とせ!』なんて言ってこないかなぁ?」


「あはは、さすがにそれはないだろう……しかし、本当に素晴らしい宝物庫だったよ。超技術ロストレガシーの宝庫だ。素晴らしい。本当に素晴らしい。

 すぐに中央都市に連絡を入れて、調査団を派遣してもらうべきだろう。くだらない利権争うが起こると面倒だからとりあえずまた連盟で論文を発表していやしかし今回は人手がいるな調査団は同派閥で固めるべきかとすると……………………」


 彼氏がぶつぶつと早口をはじめると、寝転んだ彼女の周りをぐるぐる歩き始めた。歩きながらぶつぶつと、早口で、全く理解できない、理解したくもない小難しいことをずっとしゃべっている。


「はぁ……」


 彼女はため息をついた。


(またはじまった。こうなると考えがまとまるまで絶対にこっちの世界に帰ってこないのよね。まったく……こんな性格だからこの年になるまで女の子に相手にされなかったのよ……あれ? なんだかムカムカする……わたし、怒ってる??

 いや違うな……あれ? あれ?? これって……ひょっとして……!?)


「うぅ!」


 彼女は突然うめき声をあげると、身体を起こして口と下腹をおさえた。


「アケビ!?」


 彼氏は我にかえると、あわてて彼女の背中をさすった。


「……大丈夫。ちょっと気持ち悪くなった……だけ……だから」

「顔が真っ青だぞ!! すぐに医者に診てもらうべきだ!」


 彼氏はフィールドワークで鍛えたたくましい二の腕で彼女をお姫様だっこすると、大急ぎで丘をくだり、島にあるたった一軒の医者に彼女を診察してもらった。診断結果は信じられないものだった。


 妊娠4ヶ月。


 そしてふたりは、医者からもっと意外なことを聞かされた。

 ダンジョンの最深部に到達してから、すでに4ヶ月もの月日が経過していたのだ。

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