case1-9 ある薬草商の手記

 私は、妻の妊娠を契機に、ふらふらとフィールドワークにあけくれる不安定な生活に別れを告げて、小さな街で小さな薬草の店を経営することにした。

 私は経営は全くの初心者だったが、身重の妻が接客を買って出てくれて、なんとか生活には困らなかった。


 契機が訪れたのは、結婚3年目だった。


 子供の授乳を終えた妻が夏場の薬草狩りを手伝うようになってからだ。

 結婚前、妻は貴族に雇われる盗賊シーフだった。身体のキレは、その頃と全く衰えておらず、私では到底登ることのできない、枝ぶりの細い木の上や、断崖の谷底さえも苦もなく入り込み、貴重な薬草を持ち帰った。


 私は、完全に職を失った。


 職を失った私の朝は早い。私は野営地でエプロンをつけ、朝ごはんと、妻の弁当を作り、妻の頬にキスをする。

 そして、出かけた妻を見送ると、愛娘を目の行き届く場所で遊ばせ、薬草の天日干しをしつつ、晩御飯の支度をする。

 『「コメ」が食べたい……』という妻のつぶやきを聞きつつオートミールを食べる毎日だ。

 東方の島国特産の「コメ」はこちらの気候では育たない。つまりは船による輸入に頼るほかない。とどのつまり高い。小さな街の薬草売りには高嶺の花だった。


 野営を初めて10日ほど経っただろうか、妻が不可思議な野草を持ってきた。いや、野草と言って良いのだろうか? 

 いや、よくない! 明らかに正しくない。それは明らかにサナギだった。

 夏にセミとして羽化うかするはずのサナギから、不思議な野草が生えていた。

 私はその野草に毒性がないことを認めると、試しに煎じて食後に妻と飲んでみた。


 そのあと滅茶苦茶セ◯クスした。


 滅茶苦茶だった。こんな興奮はあの日以来だ。妻と初めてつながった、愛娘を授かった宝物庫での交わり以来だった。


 私は、妻に懇願こんがんし、その不思議なサナギを集めてもらい、粉末にして精力剤としてかなりの高値で売った。

 昔の私なら、そんなことはしなかっただろう。この歴史的な発見を学会で公表したことだろう。しかし、今は違う。私には愛する妻と愛娘がいる。


 この精力剤のことは、門外不出とさせてもらうことにした。


 そして、同じく門外不出の奸計で自治を守る、妻の郷里にこの薬のことを伝え、特定の条件をつけ破格の値段で取引をした。

 そう、妻が愛してやまない「コメ」との交換だ。

 サナギ一匹と「コメ」一俵。悪くない取引だ。見事な相互作用。見事なWIN−WINだ。


 私と妻は、郷里から多大なる信頼を得て、新しく家を興すことを許された。破格の厚遇だ。しかし、その価値は十二分にある。

 全裸待機で回避不可能となるくのいちの究極の技、妖捕裡あやとりと、私と妻だけが知るサナギから作る至高の精力剤。

 このふたつがあれば、我らフクモリ家は末長く安泰だ。


 私はいま、座りごこちの良い椅子で一家団欒をすごしている。

 今年で七歳になる愛娘が、妻の手解きを受けてあやとりを遊んでいる。あやとりで遊ぶ愛娘はとても楽しそうだ。彼女にはきっと妖捕裡あやとりの才能がある。


 私の愛娘が成人した暁には、この国の王の妃となることだろう。

 私は、これ以上ない、座りごこちの良い椅子を手に入れることが約束されたのだ。

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