case1-10 聖母神

 男は叫んだ。


聖母神ひじりもじんさん、101号室、清掃お願い!!」


「ちょい待ち!! いま『相棒』がエエとこなんや! 右京さんが、プルプルふるえて、『私としたことが』って言ってCMまたいだんや!」


「それ、再放送ですよね。聖母神ひじりもじんさん、結末知ってるでしょう?」


「わかっとらん、お前は本当になーんも判っとらん! なんど観ても楽しぃんが『相棒』や! あと『科捜研の女』も!」


 聖母神ひじりもじんエリカ。56歳。ラブホテルの清掃をしているどこにでもいるパート主婦だ。週4日、勤務時間は1時〜5時。パートは5時間以上の勤務をする従業員の呼称だから、正式には「メイト」という勤務区分らしい。


 とにかく、聖母神ひじりもじんエリカは掃除のおばちゃんだ。

 だが、とてもとても慈悲深いおばちゃんだ。部屋の使い方が礼儀正しいカップルにはとてもとても慈悲深いおばちゃんだ。


ピッ!


 とてもとても慈悲深い聖母神ひじりもじんエリカは、リモコンでテレビを消すと、背中をトントンと叩いて、


「よっこいしょういち……!」


と、ゆっくりと立ち上がった。強めに当てたパーマと、トラ柄のセーターが頼もしい。


聖母神ひじりもじんエリカは、壁にかかったカギの束から、101号室の鍵を取ると、掃除道具一式を持って控室を出た。

 そして、ペタペタとサンダルを鳴らしながら歩いて、鍵を差し込んで101号室のドアを開けた。


 情事のあとの匂いが「もわん」と充満している。シーツのシミから、お盛んだったのは一目瞭然だ。しかし、シーツはとても丁寧に戻されており、愛の結晶の残骸は、すべてゴミ箱にキッチリと収まっていた。


「うん! ええやないか! ここを使ったカップルはほんま良えカップルや! きっと幸せになる! おばちゃんが保証する!!」


 そんな独り言を言いながら、聖母神ひじりもじんエリカは、匠の技であっという間にベッドルームとバスルームの清掃を終え、シーツを張り替えた。


「はぁ、『相棒』の一番良えとこ見逃してもうた! しゃーない、『科捜研の女』を楽しも! 今日のマリコはどんな無茶振りをするんやろ!」


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 深夜、男は今日の売り上げを確かめていた。おかしい。どうしても会計が合わない。売り上げが一部屋分少ない。そしてローションが1本足りない。


「ま、いっか」


 男は、細かいことが気にならない。彼の悪いクセだった。


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 ——  case1 東方の少女と北方の青年 END ——

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