case1-6 ほれ薬

 アケビ・フクモリは興奮していた。殿方を翻弄する優越感にひたっていた。


(さあ、さいごの仕上げ……)


 アケビ・フクモリは、奥歯に仕込んだほれ薬を取り外して軽く噛むと、それを舌先でアンデシュ・グスタフソンの口の奥に押し込んだ。


 その時である。


 アンデシュ・グスタフソンが、舌をはげしくからめてきた。ディープキスだ。


「う……んむ……あっ……」


 ほれ薬は、ふたりの舌先で絡み合い、唾液にまみれて溶け込んだ。


(しまった……わたしも飲んじゃった……)


 からがだ芯からほてっていくのがわかる。


 アンデシュ・グスタフソンは、なおも舌をはげしくからめてきた。


(だ、だめ……これ以上は……)


 アンデシュ・グスタフソンは、アケビ・フクモリの華奢な身体を抱きしめて、なおも、なおも舌をはげしくからめてくる。


「う……! はぁ……はぁ……!」


 長い、長いディープキスが終わった。ふたりの唇がはなれると、口中でドロドロに溶けたほれ薬が、唾液とまみれて糸を引く。


「……はぁ……はぁ……はぁ……。

 ……そ、そうだ、身体ながしてあげるね……」


 アケビ・フクモリは、どうにかこうにか意識を保ちつつ、さきほど発見した超技術ロストレガシーで、アンデシュ・グスタフソンの身体にお湯をかけた。適温の湯が無尽蔵に溢れ出る蛇のようにしなる不思議な紐だ。


 シャワワー。


 アケビ・フクモリは、アンデシュ・グスタフソンのぬめった身体を丁寧に洗いながした。


「ア、アンデシュは、さきにあがって身体をふいてて……」


 アケビ・フクモリは、アンデシュ・グスタフソンにそう告げて、自分の身体も洗い流そうとした。ゆっくりと身体を洗い、落ち着こうとした。少しでも冷静さを折り戻そうとした。しかし……。


「……あっ……」


 アンデシュ・グスタフソンは、蛇のようにしなる不思議な紐を、アケビ・フクモリから奪い去ると「シャワワー」と、丁寧にアケビ・フクモリの身体の滑りを洗い流した。


 滑りをとったふたりは浴室をでて、脱衣所で身体をふく、なぜかご丁寧にそなえつけられたフワフワの白い大きなタオルでほてった身体をふいた。


 そして浴室を出ると、アンデシュ・グスタフソンは、アケビ・フクモリを優しく抱きかかえた。アンデシュ・グスタフソンのフィールドワークでつちかわれた逞しい二の腕により、アケビ・フクモリの華奢な身体はいとも簡単に浮き上がり、抱き抱えられた。


 お姫様抱っこだ。


 アンデシュ・グスタフソンは、うやうやしく、小さく華奢な姫君を抱きかかえ、ベットのうえまで優しく運ぶと、肩を抱いてキスをした。


 肩が……震えていた。


 アンデシュ・グスタフソンは、小さな姫君、アケビ・フクモリに優しく語りかけた。


「大丈夫。怖がらないで、僕初めてだから」


 そう、アケビ・フクモリには経験がなかった。殿方を虜にする修行は積んではいるが、実践は今日が初めてだった。

 アケビ・フクモリは、妖捕裡あやとりの秘密を知らなかった。四十八手の最後のひとつ、ほれ薬の本当の意味をしらなかった。

 妖捕裡あやとりは、殿方だけを魅了する技ではない。殿方とくのいちを魅了する技だ。ふたりをまるで、あやとりのからまった糸の如くがんじがらめにすることだった。運命の赤い糸でがんじがらめにすることだった。


 妖捕裡あやとりを習得した、男を知らない姫君を他家へと送り込み、激しく愛し合わせる。そして愛と言う名の忠誠心でまるっと他家をからめとり、実効支配をする。

 いくさが絶えない東方の島国にある小さな自治国家が、お家の存続の為に考え出された奸計だったのだ。


 ・

 ・

 ・


 妖捕裡あやとりの運命の赤い糸にとらわれたアケビ・フクモリは、昇りつめ昇りつめ果てしなく昇天した。それに呼応するように、アンデシュ・グスタフソンは果てて果てて果てしなく昇天した。

 運命の赤い糸にまゆのごとくくるまれたふたりは、激しく混じり合い、美しく羽化うかをした。

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