case1-5 あやとりの名手

 アケビ・フクモリは、アンデシュ・グスタフソンの無防備で大きな背中をうっとりと見つめていた。この緊張で全身を強ばらせた殿方に、分身をこれでもかと硬らせている殿方に、自分を美味しくいただいてもらいたいと思っていた。


 アケビ・フクモリは、ひとりで体を洗っていた際、オレンジ色のフタがついた透明な円筒状の容器を見つけていた。

 フタを開けて中身をだしてみると、それは、修行時代に使った成分とよくにた軟性の液体が入っていた。


 このなめらかさ……修行時代につかったカタクリ粉なんて、比べ物にならない。

 これも、超技術ロストレガシーなのかしら……?


(ウフフ、あやとりで遊ぶにはおあつらえね。アンデシュ、あなたの欲望を絡め取ってあげる)


 アケビ・フクモリは、洗面器で湯船からお湯をすくって、そこに軟性の液体をトクトクとそそぎこむと、見事な手さばきで液体をかきまぜ始めた。 


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——— 妖捕裡あやとり


 東方の島国の忍びの一族に代々伝わるくのいちの遊戯、ならびに忍術。


 忍びの一族の女児は、あやとりを遊戯として学ぶ。忍びのあやとりは、一般的なあやとりとは大きく異なる。妖捕裡あやとりは、体全体をくまなく使う。

 その型は、実に四十八手!

 幼いくのいちたちは、この妖捕裡あやとりによって、忍に必要不可欠な柔軟性を強化しつつ、その型を身体に覚え込ませる。


 四十八手を習得したくのいちは、つぎに実戦での修行に入る。カタクリ粉を溶かした水を全身にぬりたくり、自身の体を殿方の体におしつけて縦横無尽にすべらせる。

 その力配分はとても難しく、わずかでも型をあやまると「つるりん」と殿方から滑り落ちてしまう。

 習得は困難を極め、約八割ものくのいちが脱落し、奉公に出されてしまう。


 かたくりの花の花言葉〝寂しさに耐える〟は、ひとり、またひとりと仲間が脱落していき売られて行く。若きくのいちの姿と重ねられているのだ。


 —— 出典:『くのいちの技は、カタクリ三年カリ八年』 民明書房刊 ——


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 アンデシュ・グスタフソンは、アケビ・フクモリが自身の分身をくわえたあと、口を「しゅるん」とぬぐったときの一言が忘れられなかった。


『よかったわ。わたしはてっきり、経験がないから怖気付いちゃったのかと思った』


 彼には、この言葉がグサリと胸に突き刺さっていた。

 〝経験がない〟ことをズバリと言い当てられてしまったから……もあるのだが、それ以上にショックだったのが。彼女のくちぶりが、まるで〝経験がある〟ようだったからだ。


 まさか! あのような可憐な少女が……貴族のおぼっちゃまの夜のお誘いをかたくなに拒みつづけた気高き少女に、異性と肌を重ねた経験が!?


 アンデシュ・グスタフソンには、そのことがとにかくショックだった。

 アケビ・フクモリに対してほのかに膨らみ始めていた恋心に釘をさされ、シナシナとしぼんでいくのが感じ取れていた。

 にもかかわらず、先ほどからもうずっっっっっっっっっと屹立きつりつをしつづけている自分の息子の節操のなさに、男のサガに、悲しいとも怒りともつかない複雑な感情を抱いていた。


「準備できたよ!」


 背中から、アケビ・フクモリの声が聞こえてくる。心なしか声が弾んでいる。


「じゃ、じゃあ、お願いするよ……」


 にゅるん。


 それは、とてもなめらかで心地よかった。人肌のここちよさだった。


「え? まさか!?」


 振り返ると、悪戯っぽく笑うアケビ・フクモリの顔がすぐそばにあった。


「どう? 東方のくのいちの忍術、妖捕裡あやとりは? 気持ちいいでしょう?」


「え? え? ええええ??」


 あわてふためくアンデシュ・グスタフソンに、アケビ・フクモリは軽くちびるを重ねると、そのままするりと正面にすべりこみ、妖捕裡あやとりを続けた。


 なんだこれは、なんだんだこの心地良さは! 疲れがとれる、緊張がほぐれる、力がみなぎる、そして、そして、理性が吹っ飛んでしまう!!

 

 アケビ・フクモリは、アンデシュ・グスタフソンにキスをして、身体を密着させたまま、彼のツボを的確にとらえていく。疲労回復、眼精疲労、リラックス効果、覚醒効果、一時的な滋養強壮、およびスタミナ増強……そして最後の四十八手。奥歯に隠した〝ほれ薬〟の投与!

  

 アンデシュ・グスタフソンは、アケビ・フクモリの妖捕裡あやとりにより、この一週間に及ぶダンジョン探索の疲労が綺麗にときほどかれた。

 そして、この一週間のあいだチロチロとくすぶらせ続けていた、アケビ・フクモリへの恋心が固結びのごとく強固になった。完全にアケビ・フクモリの妖捕裡あやとりに心を絡め取られてしまった。


 完全に、アケビ・フクモリのトリコになってしまった。

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