case2-7 沈んでいく浴室

 ヴァレンティナ・カハールは夢を見ていた。それはそれは幸せな夢だった。

 彼女は少女に戻っていた。そして、小さな部屋で、そのかたわらには彼がいた。


 彼の名前は、アンデシュ・グスタフソン。彼との議論はいつも楽しかった。彼が長考に入り、その姿を眺めている時間も楽しかった。

 彼は、ブツブツと独り言をつぶやきながら、彼女のまわりをぐるぐると回っている。夕日は彼の赤茶けたウェーブの髪を黄金色に輝かせている。


 綺麗だった。


 うっとりしながら彼を見ていると、彼は唐突に足を止めた。

 気がつくと、自分の隣に見知らぬ少女がいた。やわらかそうな髪をかわいくお団子にした少女だ。少女は赤い糸で遊んでいる。両手を使い、器用に糸を操っている。

 足をとめた彼は、赤い糸で遊ぶ少女と、私をかわるがわる見ている。あごに手を当ててまるで品定めをするように、私と、赤い糸で遊ぶ少女をかわるがわる見ている。


 ふと、気がつくと、私は一糸まとわぬ姿になっていた。そして、乙女になっていた。すらりと背が伸び、乳房もふくらみウエストは引き締まり、ヒップは艶やかにはりだしていた。

 しかし、横の少女は、幼いままだった。幼い少女のまま、一糸まとわぬ姿で、赤い糸を体全身にまとわりつかせて遊んでいる。

 その姿はとても妖艶に思えた。あんなにも幼い少女なのに、私よりも遥かに大人に見えた。

 そして、そんな大人の少女にアンデシュ・グスタフソンはひざまづき、手のひらに優しくキスをした。


 ・

 ・

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 ヴァレンティナ・カハールは目が覚めた。

 ここは一体どこだろう。頭にがかかっている。そして体がだるい、いやそれどころか全く動かない!

 そこは、湿気ていた。湿度が高かった。湿度の高い浴室だった。


 ヴァレンティナ・カハールは、一糸まとわぬすがたで、ねずみ色をしたハリのあるベッドにうつぶせに横たわっていた。


「気が付いたか?」


 頭の後ろから、ドゲル・ガンガーの声が聞こえた。


「まだ、傷口をぬっている最中だ。もうしばらくかかる。アンデシュからもらった解毒の薬草に、麻酔草も混ぜ込んだ。痛くはないだろう」


 ヴァレンティナ・カハールは、ドゲル・ガンガーにおしりをわしずかみにされていた。麻酔が効いて身体の自由はきかないが、触られている感覚ははっきりとわかる、そして、針が刺さる感覚もはっきりとわかる。痛覚はないがはっきりとわかる。


 見られている。まだ合って数日しか経っていない男に、私の全てを見られている。


 ヴァレンティナ・カハールは、その羞恥に全身が熱っているのがわかった。そして目と鼻、そして口に出すのもはばかれる場所から自分の体液がじんわりと滲んでいくのがわかった。


「よし、これで問題ないだろう」


 ヴァレンティナ・カハールの傷口を縫い、切り傷に効く薬草をあてがい、包帯を巻いて治療を済ませたドゲル・ガンガーは、彼女にやさしく毛布をかけると、白杖を持って立ち上がった。


「悪いが、しばらくのあいだ辛抱をしてくれ。漁村に救援を頼みにいく。このまま死体を放置しておくと、海鳥に食い漁られてしまうからな」


 ドゲル・ガンガーは、白杖をつきながら、よくすべる床を慎重に歩き、無惨にも男女四人の死体が転がっているダンジョンの外へと向かった。すると、 


 ガシャん!!


 なんの前触れもなく、ダンジョンとの境の床が競り上がってきた。いや、ダンジョンの床がいったのだ。


「なん……だと!?」


 極度の弱視のドゲル・ガンガーは、反応が一瞬遅れた。そして戸惑う間にあれよあれよと、外壁に密閉されてしまった。


「なんてこった」


 さすがのドゲル・ガンガーもうろたえた。しかし、ヴァレンティナ・カハールは、つとめて冷静だった。


「壁に古代文字が描かれてある。読みたいから、メガネを渡してくれない? どこにあるのかしら?」


 ヴァレンティナ・カハールの問いに、ドゲル・ガンガーは無言で胸にあるポケットから淡くて赤い眼鏡をとりだした。

 そして、よくすべる床を慎重に歩いて彼女に手渡した。


「ありがとう」


 彼女は礼を述べると、「スチャ」と眼鏡をかけた。そしてたちどころに頬を赤らめた。


(言えない! こんなこと恥ずかしくて言えない!)


「………………………………なんと書いてある?」


 沈黙に耐えかねたドゲル・ガンガーがたずねると、ヴァレンティナ・カハールは観念してその古代文字を読んだ。


「え、『延長料金が発生しました。セ◯クスしないと、この部屋から出ることはできません』……」

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