case2-8 ロマンティックがとまらない

「え、『延長料金が発生しました。セ◯クスしないと、この部屋から出ることはできません』……」


 消え入りそうな声でつぶやくヴァレンティナ・カハールの声を聞き、ドゲル・ガンガーは気が滅入っていた。


 面倒なことになった。


 この博士ドクターは、乙女か。

 さきほど絡み合って死んでいった弓術士や魔術士よりもあきらかに年上であろうこの美人博士が、男を知らない乙女なのか……。


 面倒なことになった。本当に面倒なことになった。


 乙女と肌を重ねたことなど、もうとっくに昔の話だ。そして面倒な記憶しか残っていない。おそらく……この自分にとってはどうという事もないミッションが、彼女にとっては一大事なのであろう。


「まずは、ゆっくり傷を癒す事だ。その傷だと、に及ぶのも難儀だろう」


「え……ええ、そ、そうさせてもらうわ……傷が塞がって抜糸がすめば、どうってことないミッション……だわ」


 ドゲル・ガンガーは、その明らかに乙女チックな返答にあきれつつも、勤めて冷静をよそおって話をつづけた。


「とりあえず、食料があるのが不幸中の幸いだ。パーティー5人分だ。少なくとも、1ヶ月は食料に困らない。そのうえ清潔な水も使い放題だ」


 ドゲル・ガンガーは、ほとんど見えない目で、人口の泉を見つめな方つづけた。


「この超技術ロストレガシーのおかげでな」

「ええ……でも、妙なのよね」

「なにがだ?」

「アンデシュのレポートとは部屋の形が随分とちがうのよ」

「このダンジョンはとてつもなく広大であると聞く、似たような部屋があっても不思議ではない……違うか?」

「かもしれない……けど……アンデシュの仮説だと、ここはダンジョンの最深部としか思えない。おそらくアンデシュの仮説は正しい。つまり前回とは違う座標軸が介在して…………………………」


 ドゲル・ガンガーは、質問をするのをやめた。聞いたところで学のない自分が理解できるはずもない。だが、これだけは言うことにした。


「部屋が違うということは、別の脱出方法があるやもしれん。協力できることがあったら言ってくれ」

「……ありがとう」


 ヴァレンティナ・カハールのここからの謝辞に、ドゲル・ガンガーは、なれない作り笑いでうなずいた。そして思った。


 面倒なことになった。本当に本当に面倒なことになった。


 ・

 ・

 ・


 ヴァレンティナ・カハールは、脱出の方法を必死で考えていた。このダンジョンを、乙女のまま脱出する方法を必死で考えていた。


 もう、まる3日も必死で考えていた。


 ドゲル・ガンガーは、信頼に足る男だ。薬草で毒を中和してくれ、おしりの傷を縫ってくて、まだ身体の自由がおぼつかない自分に、給仕までしてくれる。

 そして、とても恥ずかしくて仕方がない排泄のときは、ほとんど見えない目を壁に向け、耳をふさいでいてくれる。


 傷口の包帯をかえる時だけは、止むを得ず裸をさらす必要があったが、この冒険者ならずものは、勤めて冷静だった。やましい動作など一切見せない紳士だった。


 ヴァレンティナ・カハールは思った。ドゲル・ガンガーは紳士だ。しかし、白馬の王子ではない。彼の紳士的行動は、あくまで執事的なそれだ。


 わたしに、欲情などしていない。


 それが証拠に、ドゲル・ガンガーがこの人口の泉がしつらえられた滑りやすい床に足を踏み入れるのは、給仕と治療の時だけだ。

 それ以外の時間は、少し段差がある絨毯が敷かれたスペースに居る。そして就寝時は、そのスペースに不自然に置かれてある、板張りでふきざらしのベッドに寝袋を広げて眠っていた。


 この男は、なぜ私に欲情しないのだろう。凹凸凹凸ピーのように、なぜわたしに欲情しないのだろう……。


 ヴァレンティナ・カハールは焦っていた。このままでは、わたしは、あの男に乙女をささげることになってしまう。

 いや、この年齢でそれにこだわるのも馬鹿げているのかもしれないが……その、なんというか、もう少しムードが欲しかった。ロマンティックにひたりたかった。


 ヴァレンティナ・カハールは、いろいろとこじらせてしまっていた。そのこじらせのせいで、毎度毎度、乙女を失うチャンスをのがし、ロマンティックがとまらない、色々とこじらせた乙女になってしまっていた。毎度おさがわせをしてしまう乙女になってしまっていた。 

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