case2-9 真相

 ダンジョンに閉じ込められてから、はや10日。ヴァレンティナ・カハールは、結局乙女を失う以外の脱出方法を見つけることができないままだった。


「よし、もう糸を抜いてもいいだろう。必要以上に遅らせると、縫い跡がムカデの足のようになる。普段は見えぬ箇所とは言え、できるだけ綺麗に処置をしたい」


 ドゲル・ガンガーは、ヴァレンティナ・カハールのとても形よくハリのあるおしりに、これでもかと顔を近づけて、糸に縫われた傷口を念入りに調べた。

 そして、医療用具の中から糸切りバサミを慣れた手つきで取り出すと、ヴァレンティナ・カハールのとても形よくハリのあるおしりに、再びこれでもかと顔を近づけて、「プチン、プチン」と糸を切り始めた。


 縫われた糸が切り離されるたび、「チクン、チクン」と、おしりに痛みが走る。しかしそれは麻酔をほどこすほどの痛みではなく、我慢できるそれだ。


 プチン、プチン


「ん……あ……」


 ヴァレンティナ・カハールは、痛みとも快楽ともつかない艶やかな声をあげ、口に出すのもはばかれる場所から自分の体液がじんわりと滲んでいくのがわかった。


「糸は全部ぬいた。まだ、仰向けに寝るのはつらいかもしれんがな」

「ありがとう……本当に助かったわ」

「礼は、このダンジョンから脱出できた時でいい」


 そう言うと、ドゲル・ガンガーは、医療用具をテキパキと片付けて、定位置の板張りでふきざらしのベッドに腰掛けた。


 もう、覚悟を決めるしかない……。


 ヴァレンティナ・カハールは、紳士的な白馬の王子に乙女を捧げる夢を捨て、紳士的な執事との事務的な性交渉を覚悟した。

 明日、私は乙女を捨て、女になるのだ。そう、覚悟を決めた。


 覚悟は決めたが、ヴァレンティナ・カハールは、ギリギリまで余韻にひたりたかった。ギリギリまで、ロマンティックにひたりたかった。そして、まだ少女の頃、まだ乳房もふくらまぬ頃、甘酸っぱい想いで小さな胸をいっぱいにしていた頃を思い出したくなった。


 ヴァレンティナ・カハールは、ハリの良いねずみ色のベッドから起き上がると、凹凸凹凸ピーの荷物をまさぐった。


 アンデシュからの手紙を読もう。そう、思ったのだ。


 アンデシュの、懐かしいクセ字の手紙を読み、十二分に感傷に浸って夜をあかそう。そして翌朝、わたしは乙女から卒業するのだ。

 ヴァレンティナ・カハールは、凹凸凹凸ピーの荷物から、アンデシュ・グスタフソンのを取り出した。


 そう、ヴァレンティナ・カハールの予想は外れていた。3枚目がすり替えられたのではなく、4枚目が隠されていたのだ。

 そして、4枚目が隠されていたのは、アンデシュ・グスタフソンからの指示だった。


 その真相を知ったヴァレンティナ・カハールは、夜があけるまで泣き通した。涙が枯れるまで泣き通した。


 翌朝、ヴァレンティナ・カハールは、ドゲル・ガンガーと結ばれた。


 いざことに及んで、ヴァレンティナ・カハールは後悔した。この快楽を知らずに私はこの歳まで生きてきたのか。知性と理性から解放され、野生に戻る快感を知らずに、この23年間を生きてきたのか。


 そして思った。私を求め欲情する男のなんと可愛らしいことか。そして果てたのち、しおらしくなる男の象徴のなんと可愛らしいことか。


 ドゲル・ガンガーが果てると、ダンジョンはあっけなくせり上がった。そして、目の前には、海鳥が飛び、やや季節外れの、いやしかしこの激しい残暑にふさわしい入道雲がもくもくと屹立きつりつしていた。

 男女4人の死体が転がった惨劇は、綺麗に片付けられていた。きっと、死体回収屋が共同墓地に運んだのだろう。


「ありがとう……本当に助かったわ」

「こちらもだ。また、護衛が入り用なら呼んでくれ。中央の仕事は実入りがいい」


 二人は漁村にもどると、宿を取り、酒を程よくあおり、そしてその勢いで再び肌を重ねた。


 ・

 ・

 ・


「以上で、のレポートは終了だ。


 ここからは、真の親友である君だけに知らせたい。ヴァレンティナにはくれぐれも内密にしてくれ。

 ダンジョンの深層部には、あるミッションが課せられてある。そのミッションは、男女ふたりだけで室内に入って、その男女がその部屋にある「両方が左手の手形」に同時に手のひらを押し付けることで発動する。僕はそのミッションを攻略することで、最愛の妻と生涯を誓うことになった。


 これも全て聖母神の加護のたまものだ。

 どう言う意味か……みなまで言わなくてもわかるだろう?


 僕はどうしても、君とヴァレンティナにその加護を受けてもらいたい。


 ぼくたちの……いや、ヴァレンティナの研究成果を上に認めさせたのは、すべては汚れ役を買ってくれた君のおかげた。君がヴァレンティナを陽の当たる場所へと導いてくれたんだ。あのまま僕がヴァレンティナの側にいたら、彼女は西日しか当たらない小さな研究室に、生涯、閉じ込められたままだっただろう。


 あのダンジョンの攻略難度は「Aランク」だ。普通の冒険者では歯が立たない。

 だが大丈夫だ、問題ない。ダンジョンの深層部を攻略したメンバーふたりと、僕がもっとも信頼する冒険者、ドゲル・ガンガーに話をとりつけた。


 彼らの冒険者ランクは「特Aランク」だ。そしてダンジョンのトラップやモンスターの生息情報は、僕と妻が地図に詳細に記している。


 君は、ヴァレンティナといっしょに、ハネムーンでも楽しむつもりで、ダンジョン攻略を楽しむがいい。


 凹凸凹凸ピーよ、検討を祈る!


       アンデシュ・グスタフソン」

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