case2-10 聖母神

 聖母神ひじりもじんエリカ。57歳。乙女座のB型。本日が誕生日である。

 清掃員の聖母神ひじりもじんエリカの朝はすこぶる遅い。というか真夜中だ。


 聖母神ひじりもじんエリカは、とある駅から新宿線の終電に乗り込んで、まるで地下迷宮のようにはりめぐらされた地下道から出た。そして、10分ほど歩いて宿場に出勤する。強めに当てたパーマと、トラ柄のセーターが頼もしい。


 朝6時から「LAST」という、なんだかよくわからない営業時間のその店は、だいだい日付が変わる頃には営業を終了する。

 そして開店の朝6時までに、その店の全ての部屋を素早く清掃する必要があった。


「おはようございます!」

「はい、おそよーさん」


 キビキビとした新人の黒服の挨拶に、聖母神ひじりもじんエリカはゆっくりと返事をする。


「ボイラーが壊れて修理していた201号室ですが、ようやく工事が完了しました。今日は、そこも掃除しちゃってください」

「あいあいさー」


 聖母神ひじりもじんエリカは、マジックテープ式のスニーカーからスリッパに履き替えると、掃除道具一式を持つ。そこへ新人の黒服がキビキビと鍵の束を渡す。

 聖母神ひじりもじんエリカは、ペタペタとサンダルを鳴らしながら歩いて、鍵を差し込んで201号室のドアを開けた。


 妙である。


 もう10日以上も工事中であったその部屋からは、情事のあとの匂いが「もわん」と充満している。そして何故かねずみ色のエアーベッドが倒れていた。ライオンの口からは、お湯もでっぱなした。


「なんでやねん!」


 聖母神ひじりもじんエリカは、大阪の生まれとしてとりあえず突っ込んだが、特に気にすることもなくテキパキと掃除を済ませ、クリーニングに出したシーツのビニールをビリリとやぶり、すばやくベッドメイキングをした。


「研修の娘やろか? まあ、おばちゃんにはようわからんけど、この東京砂漠でがんばりや! 幸せの形はひとそれぞれや……」


 聖母神ひじりもじんエリカは、そう言い残して201号室を立ち去ると、残りの部屋も素早く清掃を済ませた。午前4時から、どうしても見たいテレビ番組があるのだ。なつかしの昭和スターや、なぜかお笑い芸人が出演したがるそのクイズ番組が見たくて仕方がないのだ。


 よっしゃ、間に合った!!


 聖母神ひじりもじんエリカは、足早に控室にもどると、いそいそとテレビのリモコンのチャンネルを変えた。


 すべり芸が持ち味の芸人が司会をする番組は、月曜日から金曜日の帯番組だ。聖母神ひじりもじんエリカは、特に金曜日に放送される週刊チャンピオン大会が大好きだった。


「また、その番組ですか? それ再放送ですよね?」


 新人の黒服が質問をすると、


「わかっとらん、お前は本当になーんも判っとらん! 再放送でも楽しぃんが『クイズ!脳ベルSHOW』や! もちろん夜10時からのBS放送もちゃーんとみとるで! 金曜日は格別オモロいんや! 知っとるか? 最後のすごろくクイズの〝場所チェンジ〟の恐ろしさ!!」


「はあ……」


 やたらと黒服に厳しいその店は、すぐにひとが入れ替わる。聖母神ひじりもじんエリカは、この説明を3ヶ月に1、2回は行っていた。はたして、この黒服はいつまでもつのであろうか……。


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 ——  case2 美人博士と雇われの男 END ——

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