case1-2 鏡ばりの部屋

 その部屋は、全面鏡ばりの部屋だった。

 アケビ・フクモリは、警戒しつつも標的へとスタスタと歩を進めた。

 標的はもちろん、中央の台座にしつらえられた宝箱だ。


 おかしい。


 アケビ・フクモリは、宝箱をまじかで見るなりその異変に気がついた。

 その宝箱は、いかにも宝箱然とした、長方体と半円を組み合わせた形だったが、鍵穴がない。いやそれどころか、つなぎ目すらない。どうやってあけるのだろう?


 と、すると……しかけがあるのは部屋か。


 アケビ・フクモリは、コンコンと、部屋の壁を叩きながら、くまなく隅々を観察した。

 あきらかに空洞となっている箇所が二箇所ある。そして明らかに怪しい仕掛けを発見した。


 手形がある。両方とも左手の手形だった。


 なるほど、この仕掛けは一人では攻略できないと言うことだろう。だれかと協力をする必要がありそうだ。


 だれに協力を募ろう……勝手に婚姻レースのライバルにされてしまっている、胸とパンツを露出する女どもの協力は、とてもではないが仰げそうもない。

 自分の身体を、なかでも控えめな突起を舐め回すように凝視するパラディンのおぼっちゃまも身の毛がよだつ。堅物の近衛兵にいたっては、主人以外と絶対に口をきかない。


「アンデシュ、協力してくれない?」


 アケビ・フクモリは、賢者セージの、アンデシュ・グスタフソンに声をかけた。


「喜んで」


 アンデシュ・グスタフソンは、にこやかに答えた。そしてその返答には下心がなかった。賢者セージがうずくのだ。難攻不落と言われたこの迷宮の謎にふれたくてうずうずしているのだ。


「ここに、手形がある、ふたつとも左手なの」


「なるほど、ふたりで協力しないと解けないカラクリですね?

 この手形に、ふたり同時に手を当てれば良いと」


 理解が早くて助かる。アケビ・フクモリは、この朴訥ぼくとつとした青年が嫌いではなかった。ここまでのダンジョンの攻略は、彼の叡智がなかればもっと時間を要していただろう。

 好意とまではいかないが、少なくとも信頼していた。


 もっとも、なにかにつけてすぐに口説こうとする色ボケたおぼっちゃんと、扇情的な衣服で嫉妬にあけくるう女たち、そして、主人あるじにしか興味を示さないガタイの良いマッチョというパーティー編成で、信頼できるのは彼くらいしかいなかった。


 アケビ・フクモリとアンデシュ・グスタフソンは、鏡ばりの壁面に刻まれた手形に、同時に左手を押し付けた。


 ガシャん!!


 すると、なんの前触れもなく入り口のドアが閉じていった。

 いや、この表現は正確ではない。しまったのはドアではない。ドアのから、スライドするドアが上から落ちてきた。


「しまった!」


 アケビ・フクモリは、すぐに反応して出口に急ぐも、スライドするドアはすぐに部屋を密閉した。アケビ・フクモリは、怒りにまかせてスライドするドアをたたく。


 スライドするドアはビクともしなかった。


「閉じ込められました……か」


 アンデシュ・グスタフソンは、手形のある場所から一歩も動かずアケビ・フクモリにたずねた。


「ああ、不注意……でもないわね。あの速度で閉じられたら、どう考えても脱出できないわ」

「はい。つまり我々は、迷宮の主人あるじにミッションをかせられたと」


 本当に理解が早くて助かる。アケビ・フクモリは、一緒に閉じ込められたのがアンデシュで本当によかったと思いつつ、彼に仕事を依頼した。


「ミッションが、古代文字で書かれてある。解読してくれない?」

「もちろん」


 アンデシュ・グスタフソンは、スタスタとアケビ・フクモリの元に近寄り古代文字を読んだ。しかし、彼はおしだまったままだった。気のせいか、かすかに緊張している、じんわりと額に汗をかいていた。


「なんて書いてあるの?」


 アケビ・フクモリがたずねると、アンデシュ・グスタフソンは消え入りそうな声で答えた。


「セ、『セ◯クスをしないと出られない部屋』……って書いてある」

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