聖母神は今宵もカップルを閉じ込める。

かなたろー

case1 東方の少女と北方の青年

case1-1 東方の盗賊少女

 少女は盗賊シーフだった。盗賊シーフと言うと聞こえが悪いが、盗むのはあくまでダンジョンのお宝に限られる。トレジャーハンターと言った方が適当かもしれない。

 とはいえ、トレジャーハンターだと、ちょっと名前負けをしてしまう。

 彼女は、とある冒険者の雇われ盗賊シーフだった。


 少女の名前は、アケビ・フクモリ。東方の島国の出身だ。

 東方の島国の人々は身長が低い、おそらく「コメ」なる炭水化物ばかりを食し、ろくに肉を食べないからだろう。東方の島国の人々は大人でもよく子供に見間違われる。


 なかでもアケビ・フクモリは、ことのほか背が低く、顔も幼く、体も華奢だった。胸元くらいまである、柔らかくサラサラの髪を、可愛く左右のお団子にした髪型と、ほほにあるうっすらとしたそばかすが、その容姿をさらに幼く見せていた。

 しかし、これはアケビ・フクモリが、一流の盗賊シーフ、東方では〝忍〟と呼ばれる人物の証である。幼少の頃から軽業の訓練を受けている忍びの者たちは、不思議と身長が低くなる。そして、ほほのそばかすは、毎日毎日、屋外で修行に明け暮れていた証である。


 低い身長と低体重は、盗賊シーフとしての最大の長所である。

 まず、体が軽く、重量で起動するダンジョンのトラップが起動しにくい。身軽な体で軽業士のごとくトラップから身をかわし、ダンジョンのどんなに高い所にも、そしてどんなに狭いところにも入り込んで罠を解くことができる。


 アケビ・フクモリは、東方の国の忍びの一族の分家の出身だった。しかも次女だ。自活をしていく必要がある。

 東方の国の忍びの一族の分家のものは、その恵まれた体躯で盗賊シーフとして他国へと出稼ぎをするのがならわしだった。

 大金を稼いで郷里にもどり家を興すか、あるいは、出稼ぎの地で誰かの妾となるか、あるいは、異国の地で野垂れ死ぬか。


 いずれにしても、なかなか過酷な運命を背負っているアケビ・フクモリは、しかしながら、千載一遇のチャンスを得ていた。

 この大仕事で財宝を獲得できれば、そのわけまえをもって郷里に帰ることができる。帰って、育ちの良い婿を取り、家を興すことができる。


 カチャリ!


「……開いたわ」


 もう十五分ほど格闘をしていたダンジョンの最深部の扉を、ようやくこじ開けることに成功した。

 このドアの先には、何が待ち受けているのだろう。金銀財宝、それとも封印された太古の超技術ロストレガシーか。あるいは……。


 ギイイイイイ。


 パーティーのリーダーが、慎重に引き戸の扉を開ける。

 ……だが、そこにはガランとした広間があるだけだった。

 しかし、その中央にはとても特徴的なオブジェがあった。


 台座の上に乗った宝箱だ。


 小さな宝箱が、ポツンと中央に置かれてある。部屋は宝物庫のようだ。


「どうやら、最後の主役は君のようだね」


 パーティーのリーダーはにっこり笑うと、アケビ・フクモリのやわらかい髪をなで、そばかすの浮かんだほほへとすべらせた。


「了解」


 アケビ・フクモリは、リーダーの手を、たかったハエのごとく振り払う。


(まったく、油断もスキもない)


 アケビ・フクモリのパーティは、男性3人、女性3人ずつの6人パーティだ。

 リーダーのパラディンはいい所のおぼっちゃまで、修行の一環とやらでこのダンジョンに訪れている。実質のリーダーは、そのおぼっちゃまの近衛兵で、敵からの攻撃は、すべて彼が装備した大楯と強靭な体躯が請け負う。おぼっちゃまに傷を負わそうものなら一大事だ。

 攻撃要員は、豊満な胸を半分以上むきだしにしている魔導士と、ほんの少し風が舞うだけでパンツが丸見えになるプリーツスカートをはいた弓術士の少女だ。この冒険に不釣り合いなお色気たっぷりな服を着た二人の少女は、おぼっちゃまパラディンのお嫁さん候補を兼ねている。


 要するにこのダンジョン攻略は、おぼっちゃんの成人の儀式、兼、正妻を決める女の戦いだった。

 おぼっちゃまのために、甲斐甲斐しく敵と戦い、おぼっちゃまのために、甲斐甲斐しく夜のご奉仕をする。過酷な女の戦いだった。


 本来は、アケビ・フクモリもその戦いに参加する資格があった。だが、はっきり言って興味がなかった。こんなモサモサしたパンしかない地に骨を埋めるなんてまっぴらだ。さっさと仕事を終えて郷里に戻るのだ。「コメ」と「ソイスープ」と「アユノシオヤキ」の、つつましくも豊かな食文化を持つ故郷の里山に戻るのだ。


 アケビ・フクモリは、装備をしていたレザー製のメイルと籠手、すねあてを外した。アケビ・フクモリの華奢な体は、体に密着した薄手の黒の生地一枚だけになる。部屋の調査をするときは余計な装備はいらない。大抵のトラップは、かかってしまうと、命を落とす致命傷を与える。であれば、回避に特化した方が懸命だ。


 アケビ・フクモリは、入念に準備体操をする。

 体に張り付くように密着した黒い生地は、アケビ・フクモリの細いウエストも、形の良いヒップラインも、そして控えめながらもけなげに主張する胸の突起までもあらわにしていた。


 その華奢でありつつも艶かしく美しい肢体に、異性は魅了され、同性は嫉妬する。

 アケビ・フクモリは、その視線に若干の優越感を感じながら、入念な準備体操を終えた。

 

「古代文字があったら、いつでもお呼びください」


 言ったのはパーティーの最後のひとり、賢者セージの、アンデシュ・グスタフソンだった。紅潮した頬で、やや目線を外している。

 薬草を研究しているアンデシュ・グスタフソンは、長身を猫背にして、賢者セージらしからぬ大きなずたぶくろと薄汚れた赤茶色の服、そして汚れた服と同じ色のウエーブのかかった長髪の青年だった。

 かろうじて、ヒゲが綺麗にそられた口もとにだけ、清潔感がただよっている。


「了解」


 アケビ・フクモリは、アンデシュ・グスタフソンの顔を見ることなく、手をひらひらとふりながら宝物庫の中に入っていった。


 そこが、セ◯クスしないと出られない呪われた部屋だと知らずに。

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