case2-2 美人博士と三枚の書簡

 ヴァレンティナ・カハールは、23歳。中央都市の最高学府で研究をする女性博士だ。研究の内容は「聖母神の信仰とその歴史について」である。


 彼女は、この世界の中で明らかに異質な神について研究をしていた。聖母神である。


 聖母神の信仰はこの世界のあちこちにあり、そして、その遺跡もいくつも見つかっている。しかし、その遺跡の建築様式はまちまちで、当然、建立された年代もまちまちだ。にもかかわらず、どの時代、どの文明に於いても聖母神は、上半身は乙女で、下半身がトラで鍵の束をかかげているのだ。


 おかしい。


 遠洋に耐えうる船舶技術と、高度な占星術に裏づかれた航海術が確立した現在ならいざ知らず、遥か昔の文明が、なぜことごとく、上半身は乙女で、下半身がトラで、鍵の束を掲げる聖母神を祀るのだろうか。


 おかしい、あきらかにおかしい。


 高度な文明が滅んだのか、いやもしかしたら異世界、つまりはこの世界線上にはない、並行世界、つまりはパラレルワールドが介在したのかもしれない。

 もしかしたら、その介在した人物こそが、聖母神なのかもしれない。


 この研究テーマを選んだのは二回生の時。小さな研究室で、かたわらには、共同研究者のアンデシュ・グスタフソンがいた。

 そして、四回生になったとき、もう一人仲間が増えた。


 コンコン。


「どなた?」

凹凸凹凸ピーだ」

「かってにどうぞ」

「やあ、ヴァレンティナ。今日も綺麗だね」

「どうも」


 共同開発者のあいさつに、ヴァレンティナ・カハールは、視線を合わせずに返事をする。

 嫌いなわけではない、なんの感情もないだけだ。なんの感情もないが感謝はしている。小さな研究室に押し込められていたヴァレンティナ・カハールと、アンデシュ・グスタフソンの研究の成果を上に掛け合い博士号獲得までのお膳立てをしてくれたのは、他ならぬ凹凸凹凸ピーだった。


 アンデシュ・グスタフソンがいなくなってからは、もう10年もふたりで研究チームを牽引しつづけている。もっぱら研究を仕切るのはヴァレンティナ・カハールで、凹凸凹凸ピーは調整役という名のお偉方の太鼓持ちにすぎないのだが。

 

「君に、調査の依頼が届いた」


 凹凸凹凸ピーの言葉に、ヴァレンティナ・カハールは相変わらず顔を合わせない。


「誰から?」

「誰だと思う?」

「興味ない」

「そんなこと言うなよ。旧友が悲しむぞ」


 その言葉を聞くと、ヴァレンティナ・カハールは、肩までの銀髪を揺らして凹凸凹凸ピーの方を見た。見るつもりなどなかった凹凸凹凸ピーを見てしまった。


「アンデシュからだ。ついに最深部に到達したらしい」


 目鼻立ちのととのった凹凸凹凸ピーは、さわやかな笑顔を見せると、すでに蝋印を解かれた書簡を彼女に渡した。

 ヴァレンティナ・カハールは、書簡を受け取ると、なつかしいクセのある筆跡を深い緑色の瞳でなぞっていく。


 その書簡は三枚にわかれていた。


 一枚目には、とんでもないことが書かれていた。宝物庫の深層にあった、常軌を逸した超技術ロストレガシーの数々について、こと詳細に綴られていた。

 二枚目には、もっととんでもないことが書かれていた。彼が結婚したと言うのだ。そしてそれを契機に、このダンジョンの探索からは足を洗うと書かれてあった。

 そして、最後の三枚目には、ヴァレンティナ・カハールと、凹凸凹凸ピーに、調査を引き継いで欲しいと書かれてあった。


 ……あやしい。


 ヴァレンティナ・カハールは、すぐに違和感に気がついた。三枚の書類のうち、一枚は虚偽の報告だ。


 一枚目はまぎれもなく事実だろう。二枚目はにわかには信じられないことだが、おそらく事実だろう。つまり、三枚目が嘘だ。

 きっと凹凸凹凸ピーが、どこぞの右筆ゆうひつに、彼の筆跡を真似させて書かせたのであろう。


 なぜ?


 ヴァレンティナ・カハールは、書簡を机に置くと、首をかしげながら。両手で乳房を支えるように腕を組んだ。

 自慢のおっぱいが強調されるように腕を組んだ。


 凹凸凹凸ピーの視線がわずかに下がる、ヴァレンティナ・カハールの豊かなおっぱいに釘付けになる。そしてその刹那、


「三枚目は偽物じゃないかしら? 誰かがすりかえたような気がするわ」


と、おっぱいを見つめる凹凸凹凸ピーの目を見てつぶやくと、


「そ、そんなわけないだろう! みろ、明らかにアンデシュの筆跡だ!」


と、凹凸凹凸ピーは声を荒げて否定した。


「そうね……考えすぎだったわ。ごめんなさい疑ったりして」


ヴァレンティナ・カハールは、凹凸凹凸ピーに謝罪した。


(まちがいない、凹凸凹凸ピーは嘘をついている。三枚目は凹凸凹凸ピーにすり替えられた。

 そして凹凸凹凸ピーには、私をダンジョンに連れて行きたいがある。私がいないとダンジョンが攻略できない、なにかしらのがある)


 ・

 ・

 ・


 彼女は天才だった。麒麟児と称されるほどの天才で、その噂は瞬く間に広がって、わずか8歳にして、中央都市の最高学府に飛び級で入学した天才だった。

 しかし、弱点があった、あまりに知恵がまわりすぎるため正論をズバズバと言いすぎて学友としばしば衝突していた。そんな彼女にアドバイスしたのが、彼、つまりはアンデシュ・グスタフソンだった。


「君はあまりに頭がよく、物事を即断即決してしまうことから、後悔することも多いだろう。僕は、君ほどの切れ者ではないから、十分に時間をかけたうえで判断するので、後悔することが少ない」


 そのアドバイスを受けてから、ヴァレンティナ・カハールは自身の考えをすぐに言わなくなった。

 そして今ではあえてスキをつくり、相手が油断した時に考えを言うことにした。

 具体的には、相手がおっぱいに釘つけになった時に言うことにした。


 脳が煩悩に支配される、つまり頭の中がおっぱいでいっぱいになったときに、ズバリと正論の矢を放つ。そして男どもは、面白いように馬脚を露わすのだ。

 彼女は、彼に授けられた叡智で、中央学府の伏魔殿をたくましく生き抜いていた。

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