case2-3 ダンジョンに挑む冒険者たち
じりじりと残暑の太陽が照りつける中、海洋に一艘の漁船があった。
潮の流れが結構早い。それなりの大きさの漁船が、左右にのったりと揺られている。この入り組んで大小の島の点在する地形がそうさせているのだろう。
「ううう……」
(だから酔い止めをすすめたのに……)
ヴァレンティナ・カハールは、ため息をついて背中をさすった。
その漁船は、穀物や野菜類、そして生活必需品らとともに揺られていた。
漁師は島の沖合で獲った魚を対岸の街で売りさばき、島では揃わない品々を購入して帰路につく。
ヴァレンティナ・カハールはその帰りの便に同船させてもらっていた。共同研究者の
目的はもちろん、聖母神のダンジョンを攻略すること。戦いは門外漢である中央学府の博士の二人は、冒険者と共にパーティーを組んでいた。
冒険者は三人。そのうちのふたりは厳密に言えば
4ヶ月ほど前まで、アンデシュ・グスタフソンとともにパーティーを組んでいたふたりだ。つまりは、おぼっちゃんパラディンの彼氏と彼女だ。
10年も攻略できなかったダンジョンの最深部まで到達したふたりを、今は山間にあるちいさな隣町で薬草商をいとなんでいる彼のつてで、仲介をしてもらったのだ。
その席でアンデシュ・グスタフソンに妻だと紹介された女は、東方の島国の女性だった。子供かとみまがうほどの背の低さで、顔立ちもとても幼かったが、ふたりの愛の結晶は、その女性のふくらんだ胎内で健やかに育まれていた。
ふーん、そういうことか……。
ヴァレンティナ・カハールは、自分がなぜ、彼に愛されなかったのか痛いほどよく分かった。その童顔の東洋人を見て痛いほどよく分かった。
ある日から、彼の、アンデシュ・グスタフソンのまなざしがよそよそしくなった理由をこれでもかと思い知った。
それは、彼女がちょうど乙女になるころだった。身長がすらりと伸び、胸元がふくよかになるころと合致していた。私は、彼のお眼鏡には叶わなかったのだ。
……よかった。告白なんてしなくて本当によかった。
ヴァレンティナ・カハールは、特上の薬草の数々とトラップやモンスターの配置情報がこと細かく記されたダンジョンの地図を受け取ると、彼とはもう二度度会うことはないだろうと心に誓った。
はなしがそれた。
そしてまだ、さいごのひとりの冒険者の説明がまだだった。
さいごのひとりは、ドゲル・ガンガー。腰まである長髪で、やせこけて白杖をつき、右の腰に幅広の短刀をぶらさげた男だった。
とても冒険者には見えないが、とても腕の立つ
とても信じられなかった。
冒険者としての雇用契約の際、つかつかと白杖を鳴らしながらやってきたその青年は、契約書をまるで自分の顔に擦り付けるようにして読んでいる。極度の弱視だったのだ。
この目に障害を持つ青年に冒険者が務まるのだろうか……とてつもなく不安だったが、アンデシュ・グスタフソンは妻の肩をだきながら、
「大丈夫だ。問題ない」
と、力強く親指をたてた。
大丈夫だ。問題ない……とても不安になるが、アンデシュ・グスタフソンがそう言い切るときは、本当に大丈夫で問題ない。十分に時間をかけたうえで判断するアンデシュ・グスタフソンが、一番良い結論を導き出した時の返答だった。
「そろそろ着きますけぇ」
漁師の男が客人に声をかける。
漁師は、流れの早い潮を巧みに読んで漁船を操ると、するすると波止場に船をつけた。
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