第17話:呪いと占い①

制服に身を包んだ少年少女が闊歩する騒がしい教室。


目立たぬためだろうか、隅の方に机を寄せ集め、喧騒に背を向けるようにして密集している少女たちの集会は、しかしその異様さからむしろ悪目立ちしていた。


「ねぇー瑠架るかまだあ?」

「もうちょっと待ってね。こういうのはインスピレーションが大事だから……」


中心に座っている少女はカードに目を降ろしながら、急かす友人を軽くいなした。軽くウェーブをまいた髪が、シャッフルをするたびに肩の上で小さく揺れる。


慣れた手つきでカードを机にばらまくと、時計回りで交ぜながら回収し、今度は手の内でカードを交ぜる。流れるような一連の作業に、取り巻く女生徒たちはじれったく思いながらも、どこか魅了されてしまう。


いよいよカードのシャッフルも最終段階に入り、少女はカードの山を三つに分けると、目の前の女生徒の前へと置いた。


「じゃあ、この中から一つの山札を選んで」

「え、うーん……」


思いがけず訪れた自己選択の機会に、女子生徒は恐る恐る手を差し出した。三つの山札の上をあっちにいったりこっちにいったりと、優柔不断にその手がふらふらと揺れる。


「さあ、ここの選択を失敗すると大変なことになるかも……」

「ちょっ、瑠架! 意地悪なこと言わないでよぉ」


少女の煽りに、女子生徒の集団がきゃきゃあと賑わう。こういった気の利いたアドリブも、園宮瑠架の占いが評判になる理由の一つだった。


ここ王波おうなみ中学校では今、一部女子の間で空前の占いブームがやってきていた。


女子生徒は教室や廊下、中庭のベンチ、図書室など、校舎中のあらゆる場所の隅にたむろしては、持ち寄った占いグッズを披露しあった。そして、自分を占った結果を伝えあったり、時には一部の子が友達を占ったりもした。


そういった動きの中で、皆の信用を集めてカリスマ的な地位を築いた女子生徒までもが現れてきていた。


そのうちの一人が園宮そのみや瑠架るかだ。


瑠架のもとには連日クラス問わず相談者が押し寄せ、順番待ちまで発生している始末だった。


その理由としては、アドリブがきくこと、そして見目整ったその容姿。


そしてもう一つが彼女の使う道具にあった。


「……はい、出たよ」

「え? ……うわあ、可愛い」


瑠架が机に置いたカードに描かれていたのは、凛々しくも可愛らしい二人の妖精のイラストだった。それぞれ剣と秤を手にポーズをとる絵柄の下に【Justice】と文字が記されている。


ふむふむとカードを見下ろしながら、瑠架は言葉を添えた。


「あなたの運命の相手は、とても公平でバランス感覚に優れた人です。感情に流されずに、冷静な判断ができる人。ただ少しクールすぎて、感情が読めないところがあるかもしれません」

「ねえねえ、それって田所のことじゃない?」

「え、マジじゃん。やったね香織!」


瑠架の言葉を聞くが早いか、にわかに周りの女子生徒が囃し立て始めた。それに対し、香織と呼ばれた女子生徒は顔を赤くしてわざとらしく口をとがらせる。


「は、はあ!? 誰があんな奴。ただ不愛想なだけじゃん!?」

「よく言うー。占いの前、めっちゃ心配そうにしてたじゃん『よく分からない人が出たらどうしようー』って!」

「ちょっ、それ言うのナシー!」


占いの結果に盛り上がっている女子生徒達を、瑠架はにこにこと笑顔を浮かべながら見つめていた。


動いたのは、ずっと瑠架の隣で占いの行く末を見守っていた女子生徒だった。机上に手を伸ばし、広げられていたタロットカードを回収していってしまう。


「はーい! それじゃあ『瑠架先生の占い恋愛相談』はおしまーい。香織たちも自分のクラスに戻んなさーい」

「ああ、ちょっと待って花音かのん、私も……!」


さっさと場を締めようと手を回したのは、瑠架と同じクラスであり、占いに関しての同好の士でもある菱田花音だ。


食い下がってくる女子生徒に対し、花音は手早くまとめたカードを机の上でコンコンと音を立てて揃える。同時に目つきを鋭くすることで、明確な拒絶のポーズをとった。


「ダメー。順番は決まってるの。何たって瑠架先生は来週の終わりまで、昼休みはぜーんぶ予約が入ってるんだから」

「ちぇー」

「いいなー、香織はー」


ぶつくさと不満を垂らしながら、なかなか自分の教室へと帰っていかない女子生徒たち。


彼女達へ、花音はため息をつきながら片目で視線を向けた。


「んん? 不満があるんだったら私が占ってあげたっていいんだぞー!?」

「おっことわりー! だって花音の占い当たんないじゃん!」


誰かが調子よく言った憎まれ口に対し、花音の頭で「プチン」と音がする。


両腕を上げ、大口を開けて、花音は唾を飛ばす勢いで吠えた。


「なんだとぉ!!」

「キャー怒ったぁ!」

「逃げろ逃げろー! あはははは!」


笑い声をあげながら、女子生徒たちはそそくさと教室を去っていった。


怒りにわなわなと腕を震わしながら、「うーっ!」と未だに唸りを上げる花音の肩に、何かがそっと優しく触れた。


花音が横を見ると、端正な顔立ちをしゅんと沈ませながら、心配そうにこちらを見上げてくる瑠架と目が合った。


「ごめんね花音、いつも……」

「な、何、良いのよ! 私も見てて楽しんでるんだから、瑠架の占い」


見るからにあからさまな空元気だったとしても、明るく振舞う親友の笑顔に瑠架もホッと微笑みを取り戻す。


元来瑠架は、さほど要領の良い方ではなかった。学校の成績は中の下で、人付き合いだって奥手で友達も少ない。


そんな瑠架がいつの間にか「占いのカリスマ」扱いされ、依頼が殺到し困り切っていたところに手を差し伸べてくれたのが、占い好き仲間である花音だった。


依頼の窓口からスケジュールの管理までを一手に引き受けてくれている親友に、瑠架は心の底から感謝しているのだ。


「だけどさ、瑠架の占い道具って何か全部凄いよね」

「え……そう?」


しれっと、さも意外そうな口ぶりで瑠架はとぼけた。しかし、その口はしが持ち上がってしまうのをどうにも抑え込むことができていない。


嬉しさにニヤつくのを隠せているつもりの瑠架へと、花音は半眼を浮かべてため息をつく。瑠架が実のところ、このようなボケたキャラだと皆が知ったら今の人気ぶりにも陰が差すのだろうか、などということを思いながら、花音は手元のタロットカードを覗き込んだ。


「このカードもそうだけど、何か雰囲気があるよね。ペンデュラムとかこの前見せてもらった水晶とかもだけど、こんなのどこで売ってるの? 通販?」

「えへへへぇ……じ、実はねー?」


瑠架はクロス生地の布袋からダウジング占い用のペンデュラムを取り出すと、教室の窓に向けて掲げた。瞳の前で日光にかざすと、ペンデュラムの先についている薄紫の石がギラギラと怪しい光を放っていた。


瑠架はうっとりとした微笑みを浮かべ、呟いた。


「最近、凄く良い店見つけたんだぁ」

「……へぇ、そうなんだ」


ここではないどこかに意識が飛んで行ってしまっているようなその姿を、花音はじっと後ろから眺めていた。




学校からの帰り。


自然公園沿いの下校路歩く。


片側に並木の木漏れ日を浴び、もう片側に幹線道路を行き交う自動車の風に煽られる狭い道。そこから逃れるように、公園側のひっそりとした森林の小路を抜ける。


うっそうとした木々の中を行きながら森を抜けると、そこは見慣れぬ住宅街につながっていた。


車も人も滅多に通らない、閑静というよりももはや「音のない」といった感じの路地を縫うように進む。


もう何度も通っているはずなのに、未だに一貫した辿り着き方を見出せないほどに入り組んだ迷路のような道なのだ。だというのに、歩き続けているといつもいつの間にかその店の前にたどり着いているから不思議だった。


導かれるように、もしくは回帰するかのように、瑠架はその店の前に立つ。


店の軒先には、大きく彫られた一枚板の看板。


「万来堂」と、あった。


「チリン」と金属製の風鈴が鳴る。その音で我に返った瑠架は、自分がぼうっと店の外観を眺めていたことに気付いた。


店そのものに吸い込まれるような不思議な感覚に身を任せてしまっている自分に気付き、瑠架はフルフルと頭を振るう。感受性の高い彼女には、「万来堂」が放つ謎めいた雰囲気は正に劇薬だった。


意を決し歩みを進めようとした彼女は、店内から聞こえてきた人の声に首を傾げた。


「……たく……ね! もう二度と…………から!!」


バタバタと大げさな足音を立てながら店から飛び出してきたのは、瑠架より頭半分ほど背の低い少女だった。


少女はそこに人がいるなど思いもしなかったのか、店の前にぬぼーっと立ちふさがっていた瑠架にぶつかりかけると、驚きの声を上げながこちらを睨みつけた。


「うわあっ! な、何なのよあなた……っ」

「あ、……ご、ごめ」


眼鏡越しに切れ長の目をのぞかせた少女は、あどけなさを残しながらもずいぶん整った目鼻立ちをしていた。


まさかこの店で人とすれ違うなどと思っていなかった瑠架は、謝罪の言葉が一歩遅れてしまう。向けられた威圧感も含めてたどたどしくなってしまうその口調に、イラつくように少女の眉根が上がった。


「まさか、お客?」

「え? そ……その」


良い淀む瑠架。


やはり返事を待たず、少女はその身を翻した。


「こんな店のモン買おうだなんて、どうかしてるわ」


あんまりな暴言を吐いて、少女はさっさと道の奥へと行ってしまった。終始圧倒されっぱなしだった瑠架は、呆然として少女が消えて行った路地の角を眺めた。


一体何があそこまであの少女を怒らせたのだろうか。想像を膨らまし、またまた足が止まってしまう瑠架に、聞きなれた声が店内から掛けられた。


「やあやあルカリン、また占いグッズを買いに来たのかい」


その少女は、ゆっくりと自分に向けられた瑠架の目と口が、見事なまでにまん丸な形になっていたのを見ると、気恥ずかしそうに頬をポリポリと掻いた。


「いやあ、参ったよ。お客さんにあまりこういうのは見られたくなかったんだけど」

「あの子は、作楽ちゃんのお友達? 追いかけなくていいの?」


ようやく会話ができるまでに落ち着きを取り戻した瑠架が、少女が消えて行った路地の先を指差す。


まだ詳しく事情を知っている訳ではないが、この「万来堂」の店主代理を務めるのは、驚くべきことに先ほどの少女に歳近いと思われる小学生の女の子なのである。


瑠架が示した先に一瞬物憂げな視線を送った作楽だったが、鼻から大きく一つ息をつくと、すぐに店主としての表情をその顔に作り上げた。


いつも瑠架が見ている、まるでこちらの内心を全て見通されているような灰色の瞳だ。


作楽は入り口に導くように、瑠架に対し半身になり、手を差し伸べた。


「まさか。お客さんほっぽり出して店空けるなんて」


こちらを飲み込まんばかりに、ポッカリと空いた薄闇の口が瑠架を店内へと誘引する。店の中へと吸い込まれていくそよ風が瑠架の背中を追い立てるように吹き、背筋がぞくりと震えた。


その口端をクイッと持ち上げて、万来堂の店主代理は微笑んだ。


「それじゃあ、万引きされ放題だよ」

「ぬ、盗まないよ……?」


作楽の前を通り過ぎ、瑠架は万来堂の薄闇の中へとその足を踏み込んでいった。


後に続く作楽が、チラと後ろを覗いて、また店内へと消えて行った。

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