第19話:呪いと占い③
「そ……それじゃあ」
「うん。よろしく」
図書室の端の席、立ち並んだ本棚に隠れてひっそりとしたその場所で、「なんでも占い相談(営業時間外)」は開催されていた。
どうしても伏し目がちになってしまう瑠架に対し、先輩は薄く微笑んだまま真っ直ぐに瑠架の目を捉えている。
瑠架が占いの場所を図書室に決めたのには二つの理由があった。
一つ目は、多くの女子生徒の憧れである先輩生徒といるところを、占い相談のためという体裁があるとはいえあまり他の生徒に目撃されたくなかったということ。
もう一つは、未だ多くの生徒が自分の占いを順番待ちしてくれている状況で、花音が自分のために設けてくれた「定休日」に、飛び込みの客を占ってしまっていることへの疚しさからだった。
『今度の大会、絶対に結果を残したいんだ。どうしたら良い結果をだせるのか、園宮さんに占ってほしくて』
そうやって整った顔立ちの男性から真っ直ぐに真剣な目を向けられては、瑠架はとても断ることなどできなかった。
瑠架は物音の少ない図書室の中で目立たぬよう、ポーチの中に入れた手で静かにルーンストーンをかき混ぜる。
ルーンスト―ンでの占い方にはいろいろあるが、瑠架のやり方はいたってシンプル。言ってしまえば神社で引くような「おみくじ」のようなものである。
ポーチの中から25種類あるルーンストーンを一つ取り出し、刻まれたルーン文字からその声を読み解き、相談者へと伝えるのだ。
瑠架はかき混ぜ終えたルーンストーンのポーチを、相談者である先輩の前へと差し出した。
「あの、ポーチを掴んで、相談の内容をよく思い浮かべながら念じてください」
「ああ、分かったよ」
言われるがままに、先輩はポーチを握りしめ目を閉じた。眉間にしわを寄せて、心なしかポーチを握る手は震えているように見える。
これまで扱ってきた相談者の中でも特に必死さを感じさせるその様子に、その「大会」にかける彼の思いの強さが伝わってきて瑠架はつばを飲み込む。
やがて瑠架が合図を出すと、先輩はポーチから手を放し占いの行く末を見守った。
瑠架は慎重にポーチからルーンストーンを選び出すと、取り出して机の上へ置いた。先輩の視線も、自然とストーンの表面に記された文字へと落とされる。
そこに示されていたのは、縦の線から斜め上に短い線が二本出ている形の文字だった。
「これは……?」
「これは、
瑠架も同様に文字に視線を落とし、その意味を思い返しながらルーンが示す言葉を解釈していく。
「これは、知識や財産……それだけでなく、友人、恋人などの人間関係から精神的な物まで。ありとあらゆる先輩が所有するものを示しています」
「俺が所有するもの……」
「それをどのように保ち、はたまた共有していくのか。それが今回の相談内容の鍵になる……ということだと思います」
言い切り、瑠架はほうっと息をついた。
上手くルーンの声を読み解くことができた……。そう思い顔を上げる。
しかし先輩の表情は未だ険しく、何かを深く考え込んでいるようであった。声すらかけることが憚られるようで、瑠架はその場から動けずにいた。
ルーンストーンを回収しようとした手が止まる。先輩の手が、瑠架の手の上に重ねるように動きを阻んできたからだ。
またカアッと瑠架の顔が熱くなる。静寂に包まれた図書室と、部屋の隅に二人きりという状況が瑠架の精神をこれ以上ないほどに揺さぶっていた。
自分で選んでおいて、この場所は失敗だったかもしれない。そう瑠架が心で後悔していると、先輩の唇が静かに動いた。
「もう少し、占ってほしい」
「え……」
今まで言われたことのない一言に、瑠架の脳が一瞬フリーズする。もう少し占うも何も、一つのルーンに意味は一つ、これ以上のことを言ってもそれは蛇足であり、ただのごまかしでしかない。
「あの、でもそれは」
「頼む!」
「ひぐっ……!」
断りの言葉を口にしかけた時、重ねられていた手がギュッと握られた。
強い意志を灯した丸い二重の瞳が、瑠架の眼前まで迫る。
「まだ迷いがあるんだ。園宮さんの言葉で、勇気をもらいたい」
「ひ、ひゃい……わはりました」
もはや下さえ回らず、訳の分からないまま瑠架は了承してしまった。
「ありがとう」
「はあっ……は、はい」
ニコッとほほ笑んだ顔と握られていた手が瑠架から離れる。それから瑠架はようやく息を落ち着けると、一体どうしたものか頭を悩ました後に、決断した。
「それじゃあ、もう一枚引きます。あの、初めてやるので……変な感じになったらごめんなさい」
「いや、嬉しいよ」
瑠架はこれまで自分を占う時にしかやらなかった、ルーンをいくつか取り出して行う方式を採用することにした。数が増えるごとに解釈の幅が広がっていき、うまく読み解くのが難解になっていくため他人を占う際には行わなかったのだが、こうなってしまっては仕方がないとの判断だった。
瑠架は深く呼吸し、心拍数の下降を意識しながら、手に吸い付いてきた石を一つサッと取り出す。そしてその石を眼前まで持ってきて、そこに刻まれている文字を確認しようとした。
しかし、そこには何も描かれてはいなかった、裏を向けても同様に、無地の少し傷のついた石の表面がそこにあるだけだ。
瑠架はふうっと息をついて、その石を先ほどの「所有」の石の横にコトンと置いた。
「これは……何も書いていないけど」
「
疑問の顔を浮かべる先輩に対し、瑠架はそのルーンストーンの持つ意味を告げた。
「可能性は全てあなたの内にある。あらゆる未来を信じ、あらゆる失敗・喪失への恐怖に打ち勝ち、あらゆる事象を許すおおらかさをもつこと、です」
「あらゆる事象……すべて答えは俺の中に……!」
瑠架の言葉を聞いた途端、先輩の表情が何か得心を得たようにニヤリとしたものへと目覚ましい変化を遂げた。
それを見た瞬間、なぜか瑠架の心には騒めく物があった。自分が何か失敗してしまったような、やらかしてしまった時のような、心の冷え込む感覚。
しかし、心の枷が外れたようにすがすがしい表情を浮かべる先輩を前になぜそのような思いを抱くのか、瑠架は自分でも自分の感覚が理解できずにいたのだった。
立ち上がった先輩が、ポンと瑠架の頭に手を置いた。
「本当にありがとう。きみのおかげで、決心することができた。いい結果が出たら、絶対また報告するよ」
「い、いえ……そんな」
頭を触られていても、まるでその場に押さえつけられて動けなくされているような、そんな風に感じてしまう。
逆に瑠架の方が胸のもやもやを抱えてしまったようだった。更に、次に先輩が言い放った言葉に、瑠架は仰天し更に心がざわつくこととなる。
「あ、菱田さん。ごめんね順番抜かししちゃって。それじゃ」
「え、花音?」
先輩の去っていった方を振り返る。本棚の陰から身をのぞかせるようにして、親友の菱田花音が瑠架に視線を向けていた。
瑠架は心が冷え切っていくのを感じた。自分を見る花音の表情は薄目で、おおよそこちらを責め立てているような意思をそこから感じたからである。
それも当然だと瑠架は思った。
瑠架のためを思って花音が提案してくれた「定休日」を無視して、コソコソと隠れるようにして占いをしていたのは自分なのだ。瑠架はすぐさま立ち上がり、花音へと頭を下げた。
「ご、ごめんね花音。あの、その、どうしても占ってほしいって先輩に頼まれ……ああっ、そうじゃなくて……」
「……」
謝罪を口にしながら、どうしても言い訳じみた言葉が飛び出しそうになるのを瑠架は自覚して抑える。
ここで先輩のせいにするのは、何というか違う。それは瑠架なりの矜持だった。
「とにかくごめんなさい!」
瑠架は最後に深々と頭を下げた。そうすることでしか、自分の気持ちを表すすべを知らなかった。
もしここでルーンストーンを引くことができたら、きっともっと違う方法を考えることもできるのに……。頭の片隅でそんなことを考える小ズルい自分を、ふるふると首を振って追い出す。
やがて、振り下ろされたその頭に呆れたような声が掛けられた。
「全く……順番管理任されてるこっちの身にもなってよね。あんなにあっさり横入り許されたら、私の面目が立たないじゃない」
「花音……」
顔を上げる。そこにいたのは唇を尖らせながら表情豊かに不満を口にする、いつもの親友の姿だった。
それだけでホッと一安心しつつも、瑠架は改めて深々と頭を下げた。
「本当ごめん。マネージャー様の決めた順番通りに以後仕事いたします!」
「ちょっと、誰がマネージャーだっ!」
花音が腕を振り上げ、笑いながら怒りを表す。それを受けて瑠架も笑う。
静かな図書室の端から響いてきた姦しい笑い声に様子を見に来た図書委員から逃れるようにして、二人は連れ立って教室へと戻っていったのであった。
異常事態は、それからしばらくして表面化された。
昼休み。今日は「定休日」の日でもないというに、瑠架の教室に相談者が訪れることは無かった。
何事かと思い、瑠架は花音へと尋ねる。
すると瑠架から顔を逸らし、窓の外を眺めながら花音が答えた。
「実は……相談がどんどんキャンセルされてるの。『やっぱり止めておく』って」
「え……何で?」
瑠架は意味が分からなかった。先輩を占ったあの日からずっと心の内にたゆたっていた心のざわつきが、よみがえったかのように心中で暴れ出す。
自分が何かまずいことをしてしまったのだろうか。心配になり、花音へと詰め寄るが、親友はただ首を横に振るだけだった。
「分かんない……なんか皆、急に占ってもらいたくなくなったみたいで……」
「わた、私の占いで嫌な気持ちになった人がいた、とか……?」
瑠架が精いっぱい想像を広げた末に、最悪の結末を言葉に出す。もしも自分が占ったことによって不幸になった人が出てしまったとしたら、これほど恐ろしいことは無い。
花音が瑠架の方を見ないまま、そそくさと教室の外へと歩き出した。
瑠架は慌てて声をかける。まさか親友にまで見放されるのではないかと危惧しながら。
「花音!?」
「私、聞いてくる。これまで占ってもらった人たちがどうなったのか!」
そうして花音がドアを抜けて廊下を曲がっていくと、急に教室の喧騒が自分を責め立てているかのようにザワザワと耳をつんざき始めた。
瑠架は机にうずくまり、一体どうしてこうなってしまったのかを懸命に考えた。
しかし浮かんでくる想像は全て不穏なものばかりで、とうとう瑠架はその思考すらやめて、ざわめきの中に意識を落とし込むように無心になろうとした。
だがそれすらも、いきなり教室内のざわめきの種類が変わったことにより失敗となる。
何やら皆驚いているようで、その中に聞き知った名前が聞こえてきて瑠架は机から頭を上げた。
「せ、先輩?」
「……ちょっと、出てこれるか」
瑠架を見下ろす先輩の表情は、今度こそ間違いなく瑠架を威圧するような厳しい雰囲気を纏わせていた。
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